と亡命の露西亜人に出喰わすだけのことだ。言葉ができない俺には宿屋は勿論、ろくすっぽ一椀の飯にもありつけないことは解っている。俺は今朝、ここの停車場に吐き出されたばかりなのだ。的《あて》もないのに盲滅法に歩きとばして脚の疲れた儘に、とある倉庫の空地をみつけて、つい小半日もへタバッテいる間に偶然この女を見付けた訳だ。
 ――無鉄砲な男よ――
 ふとこんな気がした。言葉も解らない、そして何の的のある訳でもないのに、何故こういう土地に乱暴に飛び出して来たかと思った。が俺にも無論その理由が解らなかった。
 ――ただ気の向くままに――
 おおそうだ。気の向くままに放浪さえしていれば、俺には希望があった、光明があった。放浪をやめて、一つ土地に一つ仕事にものの半年も辛抱することが出来ないのが、俺の性分であった。人にコキ使われて、自己の魂を売ることが俺には南京虫のように厭だった。人の顔色をみ、人の気持を考えて、しかも心にもない媚を売って働かなければならないことは、俺にはどうしても辛抱のならないことだった。だが、しかし不幸なる事に人間は霞《かすみ》を喰って生きる術《すべ》がない。絶食したって三日と続かない。とどのつまりは、やはり人にコキ使って貰って生きなければならない勘定になる。他人をコキ使おうッて奴には虫の好く野郎は一匹だってない。そこでまた俺は放浪する。食うに困るとまた就職する。放浪する、就職する、放浪する、就職する………無限の連鎖だ!
 ――生きるためには食わなければならぬ。食うためには人に使われなければならぬ。それが労働者の運命だ。どこの国へ行こうとも、このことだけは間違いッこのないことだ。お前ももういい加減に放浪をやめて、一つ土地で一つ仕事に辛抱しろ。どこまで藻掻《もが》いても同じことだ――
 と、友達の一人は忠告した、俺もそうだと思った。――だがしかし俺にはその我慢がない。悲しい不幸な病である。俺はいつかこの病気で放浪のはてに野倒《のた》れるに違いない。

 ふと、気がついてみると、女は固い木椅子に腰かけていた。言葉で云っても解らないので、俺が出て行くのを静かに待っていたのであろう。俺は考えた。多くもありもしない金だ。どのみち今日一晩に費い果して明日から路頭に迷うのも、また二三日さきで路頭に迷うのも同じ結果だ。同じ運命に立つなら、寧《むし》ろ一日も早く捨身になって始末をつけ
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