一体お前はどうするんだ。この輸送が遅延する責任をどうするんだ。貴様等は、実に悪辣な利益を貪る以外には、少しも国家的観念がないのだ。俺を侮辱し切っているのだ。それでなければ」
「いいえ、隊長! 彼奴等のなかにはボルシェビキイの手先が藻ぐり込んでいるのです」
「え、何んだと※[#疑問符感嘆符、1−8−77]」
 隊長はさっと顔色をかえてせき込んだ。
「は、きっとそれに違いないのです、彼奴等を、あんなに執拗に、意地悪くひねくらせるのは、ボルシェビキイの手先のためなんです。でなければ――まったく例のないことなのです」
「何んと! ボルシェビキイだと」
「そうです。それに違いないのです。ボルシェビキイの戦術は、敵の軍隊に謀叛を起さしめ、叛乱せしめるのが得意なのです。彼奴等はその手段に乗せられているのです。そしてまんまと、ボルシェビキイは、本隊の輸送を遅延せしめようという計劃なのです。それに違いないのです」
「うぬ、畜生! 彼奴等の手だてに乗って堪まるものか。軍曹! 軍曹! 高村! よし関わぬ。動かぬ奴は片ッ端しから撃ち殺ろせ」
 隊長は鞍の上に伸びあがって、唸るように叫んだ。

        四

 忽ち、そこには非道な暴虐が持ちあがった。剣と銃剣の襲撃に、苦力たちの集団は、一たまりもなく崩れて、云いようのない悲鳴叫喚が、緑の曠野を四方に飛び跳ねた。
「遁走する奴は撃て! 撃ち殺すんだ!」
 隊長は怒鳴った。そして彼は手を合わせて、哀訴懇願する苦力の一人を輜重車の車輪に追いつめた。
 ぱッと銃がなった。
 その向うで、苦力が草のなかに手を拡げながらのめり込んだ。同時に、隊長は振りかぶった剣を斬りさげた。
「あッ!」
 苦力は仆れた。仆れながら彼は、手を合わせて二の剣を避けた。
「よし。車につけ!」
 血だらけの苦力は車に這いあがった。それを見澄ますと、隊長はすぐに乗馬を躍らせて次に跳びかかった。
 高村が後列の苦力を、拳銃で輜重車の上に追いあげていた。その脚元には、傷ついた苦力が二人血だらけになって、埃りっぽい土を手足で掻き廻していた。
 ぱッ!
 ぱッ!
 草むらに這い込む苦力が、そこでもかしこでも兵卒の発砲にのめり、倒れた。

 陽はまだ高かった。
 輜重車は動き始めた。
 誰れも黙っていた。――
 やがて捲き起されて来た土煙に、長い隊列はすっかり包まれてしまった。鞭のはためきと口笛が、土煙のなかにむせ返った。
 また再び、隊長は堪らなくなって、土煙のなかから駈け抜けた。だが、彼はもう二度と戦地の退屈を味うことが出来なかった。
「ボルシェビキ!……」
 彼は油断なく後を振りむき、振りむき馬を進めなければならなかった。
 長い輜重車の隊列が過ぎて行った曠野にはそこにもかしこにも瀕死の悲鳴がはっきりと聞え始めた。



底本:「日本プロレタリア文学全集10 文芸戦線作家集」新日本出版社
   1985(昭和60)年11月25日初版
   1989(平成元)年3月25日第4刷
底本の親本:「戦争に対する戦争」南宋書院
   1928(昭和3)年5月
入力:林 幸雄
校正:大野裕
2003年8月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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