靡いて、路上に輜重車が、丁度壊れかかった家具のように抛り出されていた。苦力達は青草の原に隊列を離れて寝そべり、あぐらを組んで、兵卒や苦力頭が声高く罵り怒鳴り、威嚇する銃剣や鞭に対して、執拗な沈黙と拒否の態度を固持していた。馬は思い思いに引具のついたままに、輜重車を青草のなかに引きずり込んで、草を頬張っていた。
「何んという奴等だ!」
隊長は憤慨した。こんなことは、日清日露の役にも経験したことがない。侮辱だ。わが陸軍の侮辱だ!
隊長は馬腹に拍車を蹴込んだ。
「軍曹! つづけ。豚ども! 嫌でも応でも動かして見せるぞ」
隊長と軍曹の姿は忽ち、土煙のなかに捲き込まれてしまった。土煙を蹴あげる鉄蹄ばかりが、白く斜な陽に光った。そして瞬間のうちに遠のいた。…………
三
怒った隊長は草のなかへ、いきなり馬を乗り入れた。脊丈に伸びた青草が、馬蹄に蹴散らかされ、踏み折られて、そこでも、かしこでも名状することのできない悲鳴叫喚が湧きあがり、吹きあがって、それが馬に追われて草をかき分けながら逃げ惑う苦力達によって四方に撒きちらかされた。
隊長は剣を抜き放っていた。
「馬鹿! 動くんだ。動け豚奴!」
隊長は羅刹《らせつ》のような憤激で、荒れ狂い怒りたけって、草むらに隠現した。馬の汗ばんだ腹には草の実がまびれていた。
「高村、高村! 動かん奴は撃て! 関まわぬから撃ち殺ろせ! 日本の軍隊を侮辱しとる」
隊長は怒鳴りまわった。が、彼は隊長からそう怒鳴りつけられない前から、逃げ惑う苦力の間に馬を突込んで、手あたり次第に、馬上から苦力の弁髪をめがけて殴ぐりつけ、はたきつけていたのだ。それのみか! そこでもかしこでも兵卒が振りかぶった銃床に、彼等は追いまくられていた。
この暴力の前には、彼等はどうしようもなかった。
「車に乗れ! 車につくんだ!」
隊長は馬を飛ばして、怒鳴りまくった。苦力達は渋々と輜重車に這いあがった。そして彼等は手綱をさばいて、頭の上で長い革鞭をふりまわしながら、八頭立ての馬にかわるがわる口笛とともに、革鞭の打撃を加えた。
隊列は整った。輜重車は一斉に、ゆるゆると凹凸の路に土煙を捲きながら、再び軋み始めた。
「態《ざま》を見ろ! 貴様等がいくら意地張ろうとも、どうにもなるもんじゃないのだ。」
隊長は埃と汗まびれの顔をやけに拭った。そして再び
前へ
次へ
全7ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
里村 欣三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング