すんじゃ、面白うないわい」
 そして隊長は、ぺっと乾いた唾液を、馬の脊越しに吐き捨てた。
 ずっと後れて、土煙りが朦々と青空に立ち罩めて、幾台も幾台もの輜重車が躍ったり、跳ねあがったりして困難な行進をつづけていた。苦力《クーリー》どもの汗みどろな癇癪でのべつにひっぱたかれる馬どもが、死にもの狂いの蹄で土煙を蹴立て、蹴あげて、その土煙から脱れようとして藻掻き廻っていた。が、結局それは藻掻き廻わるだけ、それだけ土煙の渦に巻き込まれる結果になった。
 それは一目で、困難な行進であることが察せられた。
 下士が土煙のなかに馬を乗り入れては、遅れたり、列を乱したりする苦力達を、我鳴りつけ怒鳴り立てていた。そしてその行進の一切が、岱赭色の土煙のなかに呻めき、喘いでいるのだった。
「は、はあ、奴等もがき廻っとる」
 隊長は満足そうに笑つた。「可哀そうなものさ。的のない戦争に、来る日も来る日も引きずり廻わされて」
「いや、なあにそんなもんでは有りませんよ。支那人という奴は、金にさえなれば、どんな我慢でもしますよ」
「いや、高村。支那人はそれでいいとして日本の兵卒があれでは堪まるまいって※[#疑問符感嘆符、1−8−77] この土煙のなかを引きずり廻わされて、ぼろい儲にありつくのは君一人さね、あ、は、は、………………」
 隊長は眼のなかへ飛び込んで来る土煙を、ハンカチで払いのけながら、濶達に笑った。
「これは御冗談で……ぴっしりと経費を切り詰められていますので、なかなか儲けどころの騒ぎではありませんよ。隊長!」
「あ、は、はッ。ままいい。君たちの商売は儲けと奉公が一致するんだからね」
「いやあ、これは一本まいりましたね」
 高村は関羽鬚を揺すって、高笑した。「どうです。一口ウォツカでも…………」
 彼は乗馬ズボンの腰を叩いて、隊長の気を引いた。
「うむ。忍ばしているのか。よし行こう」

        二

 明けても暮れても単調な、だだっぴろい眼を遮切るもののない曠野である。何日間歩きつづけても、それは出発の時と少しも変りのない、雲と密着した青い地平線が意地悪く、その行手に弧線を描いていた。
 隊長は退屈で堪まらなかった。聞えるものは終日、油のきれた輜重車の軋みと、ひき馬の鉄蹄と、鞭と、兵卒の怒号と、苦力の怒罵とであった。それが更に濛々と立ち罩め、吹き靡《なび》く土煙の汚なさに云いよ
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