間學の對立は認識理論にとつても決定的な意味をもつてゐると思はれる。
理性人間の人間學はもとギリシア市民の發見したものである。それは人間の本質をヌース或ひはロゴスと見る思想である。それはアナクサゴラス、プラトン、アリストテレスなどによつて概念的に、哲學的に形作り上げられた。後にそれはキリスト教と同化し、かくてヨーロッパの思想を永い間、強力に支配するに到つた。この人間學は人間と動物一般とを決定的に區別する。しかしそれは人間と動物とを比較して、その形態學的、生物學的乃至心理學的特徴を取り出し、これによつて兩者を區別するといふ如きことではないのである。その區別はむしろ先驗的に行はれる。それは既に前提された神の思想、及び人間の神への相似(Gottebenbildlichkeit des Menschen)の説の歸結である。生物學的にはギリシア人は種の不變を信じた。不變な人間を人間たらしめてゐるものを彼等は人間の形相(eidos)と考へ、これは永遠なロゴスと解せられた。人間におけるヌース(理性)は、この世界を動かし、その秩序を作つてゐるところの神的なヌースのひとつの部分機能である。いま我々はこの
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