\象が明晰にして判明な意識に高められ、かくて精神によつて自己自身のものとして認識され、自覺によつて占有される過程である。ところでライプニツによるとモナドは窓をもたない。モナドには窓がない故に、感性知覺を物の心に對する作用と解することは許されない。感性表象はむしろ精神が豫定調和(〔harmonie pre'e'tablie〕)によつて、即ち諸實體の間には調和が豫定されてゐて、モナドの各々はただみづから活動しつつもそのあらゆる瞬間においてすべての他のモナドと完全に相互に一致してゐるといふ原理によつて、闇冥にして混雜せる仕方で微小表象として展開するところの活動と考へられねばならぬ。そして感性表象について行はれる變化はただそれの明晰化、自覺への攝取、統覺と見られ得るのみである。
 このやうにして感性と悟性との區別は、ライプニツにおいて、明晰性と判明性との種々の程度といふことと合致するであらう。兩者は同一の内容をもつのであつて、ただ一は他が明晰に判明に所有するものを闇冥に混雜に表象するといふだけである。精神のうちへは何物も外部から入つて來ない、それが意識的に表象するところのものは既に前に無意識的に
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