礎をもたねばならない。二つの表象が相互に等しいとされるのは、それらが第三の、それ自身は表象ならぬものに等しい故でなければならない。科学において形作られる表象は経験によって得られる表象と一致すべきであるというとき、そこにはその根柢として、両者において同一の実在が精神に現われている筈であるという思想が働いている。かように超越的真理概念は到る処その影をとどめている。真理が内在的なものと考えられぬことは論埋主義者も認めているのであって、彼等が心理主義を排斥するのは実は認識の対象の超越性を主張するためである、その際彼等が認識の概念から存在の概念を駆逐することになったのは、存在を意識に与えられた観念と見る彼等の主観主義的前提の結果であり、かようにして彼等は、認識の対象は存在でなく超越的価値であると考えるに至ったのである。
 真理は知識の真理として、存在においてでなく思惟においてあるものとして、一定の構造と性質のものでなければならぬといわれている。すでにアリストテレスは、本来の意味における真及び偽は、結合と分離もしくは肯定と否定に関わり、従って判断にのみ属すると考えた。表象とか直観とかは本来の意味に
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