られるということである。人間は作られたものでありながら、独立なものとして、みずから作ってゆく。人間が作るのは、みずからも創造的なものとして、世界が世界を作るのに参加することである。人間は形成的世界の形成的要素である。我々が作るのは、世界が世界を作ることにおいて、そのうちに、作ることである。それ故に我々の行為は、我々の為すものでありながら、我々にとって成るものの意味をもっている。行為は同時に生成の意味をもっている。行為が出来事の意味をもっているのは、これに依るのである。人間の行為は世界における出来事であり、かようなものとして歴史的である。歴史とはもと出来事を意味している。主体的立場は歴史的立場であり、世界史的立場でなければならぬ。
かようにして哲学が主体的立場に立つというのは、要するに、現実の立場に立つということである。真に現実といわるべきものは歴史的現実である。人間は歴史的世界における歴史的物にほかならない。我々の一切の行為は、経済的行為の如きものであろうと、芸術的行為の如きものであろうと、或いはまた科学的研究の行為の如きものであろうと、すべて歴史的世界においてあるのである。主体的立
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