現在未来と区別される時間の秩序における現在でなく、それを超えた全く異る秩序のものである。この現在においてあることによって、過去も未来も現在的になる。過去や未来が我々に働きかけるというのも、この現在においてである。それは過去現在未来が同時存在的にそこにおいてある現在である。行為は既にそこにあるといい得るものでなく、既にそこにあるのは為されたものであって為すものではない。行為はつねに現在から、普通にいう現在とは秩序を異にする現在から起るのである。行為が主体的なものであるというのはそのことである。かくして行為は過去をも未来をも現在に媒介する、そこに行為の歴史性があるのであって、我々のすべての行為は歴史的である。
 ところで行為が現在から起るというところに行為の超越性が認められるであろう。行為の超越性というのは、それが過去現在未来を超えた全く異る秩序の現在から起ることを意味している。人間の運動は特に行為といわれ、かようなものとして人間は超越的である。人間の主体性はその存在の超越性を離れては考えられない。超越は人間的存在の根拠であり、超越があるによって人間は人間であるのである。超越は先ず人間にお
前へ 次へ
全224ページ中62ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三木 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング