ではない。世界は歴史的であり、世界的立場は世界史的立場であるが、世界は民族を媒介として形成されるのである。しかし民族はまた世界を媒介として形成されるのである。すべての歴史的なものは環境においてあり、環境から限定されると共に逆に環境を限定する。個人は民族から限定されると共に逆に民族を限定する。民族は個人の行為を媒介として世界的になることができる。民族が世界的になるということは自己の本質を失うことでなく、却ってそれは自己の本質を発揮することによって真に世界的になるのである。個人もまた自己の本質を発揮することによって真に民族的になることができ、同時に真に世界的になるのである。歴史的なものはすべて個別的なものであり、個別的なものは一般的なものと個別的なものとの統一である。個人、民族、世界は相互に否定的に対立している、しかも否定は媒介であり、否定の媒介によって物は具体的現実的になるというのが弁証法の論理である。歴史は媒介的に動いてゆくのであり、弁証法的に媒介的である故に、そこに歴史的運動があるのである。
二 徳
すべての道徳は、ひとが徳のある人間になるべきことを要求している。徳
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