の真理、人間そのものの真理である。自然の真理はそれ自体においてあるものの真理であり、人間から認識されると否とに拘らずそれ自身において存在する[#「存在する」に傍点]と考えることができるとしても、道徳の真理は歴史的真理であり、主体と主体との間に生起する[#「生起する」に傍点]ものである。自体においてあるものの真理に関わる主観は、カントの意識一般の如く、抽象的一般的な、非歴史的なものと考え得るにしても、歴史的な道徳的真理はつねに現実の具体的な人間に関わるのである。それは人と人との間に起るものであり、従って起らないこともあり得る、そのとき真理の代りに虚偽が現われるのである。道徳的真理は起るものであり、従って起らないこともあり得る故に、それは命令或いは当為(ゾルレン)の形をとるのである。自然の真理は命令でなく必然(ミュッセン)である、しかし世界について[#「ついて」に傍点]の真理も世界における[#「おける」に傍点]真理の問題と見られるとき我々に対して命令の意味をもってくる。道徳的真理が当為であるということは、それが単なる形式であるとか単なる理想であるとかということでなく、むしろ逆である。それは
前へ
次へ
全224ページ中183ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三木 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング