実現するのである。技術は物を変化し、物を作る、技術は生産的である。技術によって作られたものはすべて形を有し、形は主観的なものと客観的なものとの統一を現わしている。あたかもそのように、あらゆる歴史的なものは主観的・客観的なものであり、形のあるものである。それは技術的に形成されたものである。文化も技術的に作られ、社会の制度や組織の如きも技術的に作られる。すべて歴史的なものは技術的に形成されたものとして、環境的に限定されると共に主体的に限定され、主観的であると同時に客観的なもの、一般的であると同時に特殊的なものである。歴史的認識は究極において形を目的とするところから、すぐれた意味において形成作用であるといい得るが、飽くまでも客観的であることを期する自然科学的認識でさえもが、右に述べたように主観的・客観的な形成作用と見られ得るというのは、元来それをも歴史的なものとして捉えるからでなければならぬ。自然も環境の意味においては単なる客観としての自然でなく、すでに歴史的なもの、表現的なものであり、自然の認識も、それを環境として生活する歴史的人間の行為として始まるのである。自然科学における主観も操作的で
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