れ、形から出て形に還ると考えることができるであろう。現実の行為にとっては形の構想が必要である。理論をそのまま行おうとするのは抽象的な公式主義であり、真の実践家は理論の一般性と現実の特殊性とを形において構想的に統一するものでなければならぬ。歴史記述において古くから型的な人間、型的な文化が絶えず目標とされたということも、多くの場合実践的な関心に基いている。ひとは過去の歴史のうちに現在の行為のための型を求めた、型は行為の模範的な形と考えられたのである。
 形というものは、従来の哲学においては殆どつねに観想の立場から見られた。それが特に芸術に関係して理解されたのも、そのためである。しかし形に対する我々の関心は芸術的な関心に限られないであろう。天才とか英雄とか指導者とかと呼ばれる典型的人物、そのほか一般に歴史における典型的事実に対して人々がつねに深い興味を懐くということは、行為の形に対する彼等の実践的な関心を示すものである。形概念の見方は芸術主義と混同されてはならぬ。それはむしろ芸術をも、従来の哲学においての如く単に鑑賞或いは享受の立場から見るのでなく、形成作用の一つとして、広く行為の立場から捉
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