旦引き離され、他方同時に自覚的に、方法的に結び付けられるのである。
 科学が経験的ないし実験的であるということは、実証的であることを意味している。科学は実証的でなければならず、実証性は科学の欠くことのできぬ要素である。しかるに科学が実証的でなければならぬということは、現実のうちに我々が純粋に合理的に演繹することのできぬものが存在するということを前提している。合理的に思惟されるものは一般的なものである。しかるに現実のうちには特殊的なもの、非合理的なものが存在している。そこに非合理的なものが存在するところから、科学は実証的であることを要求されるのである。けれども現実が全く非合理的であるとすれば、実験することも無意味でなければならぬ。実験は現実が合理的であるということを予想し、その合理性の発見を目的としている。しかし科学の求めるものが合理的なもの、一般的なもの、法則的なものであるからといって、それが個々のもの、特殊的なものを全く無視するかのように考えることは正しくない。科学も実は個物の独立性を認めることによって成立するのである。唯一つの例外があっても法則は否定され改変されねばならぬということは、個物の力を示している。かように個物の独立性を認めるところに、近代科学の特色とされる実証性がある。それ以前の合理主義の哲学即ち一切のものが純粋に合理的に演繹され得るとする思想に対して、近代科学が経験を重んずるのもそのためである。もとより現実のうちに合理的な統一が存しないならば、実証的であるということも無駄である。かようにして現実が合理的であると同時に非合理的であり、特殊的であると同時に一般的であるというところに、科学的研究は成立する。それは科学が合理性と実証性、或いは論理性と経験性から成るということを意味している。科学性は合理性と実証性という相反するものの統一である。
 さきに述べたように、経験は単に受動的なものでなく、受動的であると同時に能動的であった。経験の発展として、科学における実証性と合理性は、その受動性と能動性に相応している。経験は試みることとしてそこに既に自律的な知性が参加している。経験における試みが手当り次第の偶然的なものであるに反して、実験における試みは計画的であり、あらかじめ一定の思想、一定のイデーをもって臨むのである。そのことは合理性に対する要求を示している。イデーなしには実験することができぬ。一定の思想をもって現象に問いかけ、現象をしてこの問に答えさせることが実験である。そして与えられる答について論理的に思考し、これによって現象を合理的に把握してゆく。その場合、答は必ずしも最初の思想と一致しないで、むしろこれを否定することもあろう。そのときはそれに応じて我々の思想を変え、新しい思想をもって更に現象に問いかける。かようにして我々と現象との間にいわば問答が行われる。問はあらかじめ論理的に考えられた思想をもって臨むことである故に、合理性の側を現わし、これに対して答はいつでもその思想を否定し得るものとして実証性の側を現わすとすれば、合理性と実証性とは対立し、その間に対話が行われる。そのとき合理性と実証性とは弁証法的関係にあるといわれるのである。弁証法という語はもと対話を意味するギリシア語の「ディアレゲスタイ」に由来している。対話においては互に他を否定し得る独立な者が対立し、問答を通じて一致した思想に達すると考えられるが、そのように弁証法は対立するものの一致を意味している。科学性は合理性と実証性との弁証法的統一である。その合理性は実証性を離れてなく、その実証性は合理性を離れてない。科学的精神は合理的精神であると同時に実証的精神である。合理性と実証性とは対立するものである故に、科学的研究は一つの過程として運動するのである。新たに発見された事実を説明する法則を求めるために、或いは特殊的法則を包括する一般的法則を求めるために、研究が行われる。特殊的なものは科学を進歩させる力となっている。特殊的なものと一般的なものとの対立によって科学は発達する、或いは、非合理的なものを否定的媒介とすることによって科学はその合理性において発展するのである。かように科学が弁証法的構造をもっているということは、現実の世界が弁証法的なものであるということに相応している。合理的であることは演繹的であることであり、実証的であることは帰納的であることであると考えられ、科学は演繹的であると共に帰納的であり、帰納的であると共に演繹的である。演繹は一から多へであり、帰納は多から一へである。現実の世界は多にして一、一にして多であり、一即多、多即一という弁証法的なものであるところに、科学の弁証法的構造の根柢があるといわねばならぬ。
 ところで科学が行為の立場に立つことは、客観的な
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