らぬと考えるのである。そこでカントの倫理説は厳粛主義と称せられている。これによってカントは道徳における心情の純粋性を要求する。「この世においても、またこの世のほかにおいても、無制約的に善と呼ばるべきは、善なる意志のほかにはあり得ない」、と彼はいっている。彼の倫理は「心情の倫理」であるといわれるであろう。
 心情の倫理が絶対的であるのは、それが超個人的な普遍的な理性を基礎とすることに依るのである。カントに従うと、実践理性は自律的であり、自己が自己の立法者である。我々の行為は理性の普遍的法則に対する尊敬の感情から出なければならぬ。しかるに、もし道徳の基礎がかように抽象的一般的なものであるとすれば、我々が道徳法に合致すればするだけ、我々は個性であることをやめ、従って人格でもないということになるであろう。人格はどこまでも個性的なものである。それが超個人的意味をもっているということは、理性という抽象的一般的な本質に依るのでなく、却って人間がその全体の存在において超越的であるためである。善なる意志に基いてなされる行為が内容的な動機を含まず、無動機であるかのようであるのも、人間存在の超越性に依ってである。ただ主観的な動機からでなく、客観的な命令に従って行為することが道徳的である。己れをなくするとき、表現的なものはそのものとして顕わになり、我々に命令的に働きかけてくる。表現的なものが命令的なものであるのは、それが超越的意味をもっているからである。かようにして外からの命令に従って我々が働くということは、単なる外的強制に従うということでなく、却って真に内から働くということである。真に自己自身に内在的なものは超越的なものによって媒介されたものでなければならぬ。主観的な自己を殺してこのものに生きることによって、我々は真の自己となるのである。
 然るに行為は単に意識の内部における現象でなく、行為するとは却って意識から脱け出すことである。行為するには身体が必要である。我々の自己は身体的な自己である。従って快楽とか幸福とかという感性的なものも、行為にとって無視することのできぬ要素である。パスカルのいった如く、すべての人間は幸福を求めており、それには例外がない。幸福を軽んずる者も、それ自身の仕方で幸福を求めているといえるであろう。内容をもたぬ単に形式的な意志というものはあり得ない。我々の行為はつねに環境における行為であり、環境に適応してゆくことによって我々の生命は維持されるのである。それ故にすべての行為は生命価値をもったものであり、功利的なものである。スピノザのいった如く、すべての個体はその存在において能う限り持続することに努めている。我々の行為は一定の環境における行為として、単に形式的なものであることができず、内容的なものでなければならぬ。我々の意志は抽象的一般的なものでなく、現実的に歴史的に限定されたものでなければならぬ。
 ところで行為は意識の外部に出るものである以上、それはつねに社会的に結果を生ずるであろう。我々は社会的存在として我々の行為の結果に対して責任を負わねばならぬ。行為を単に動機からのみ見て、動機さえ善ければ行為は善であると考える動機説は、主観主義、個人主義であって、行為を本質的に社会的なものと考えないところから生ずる誤謬である。自己の行為を完全に為し能うために知識をもたねばならぬということも、我々の社会的責任として我々に要求されているのである。倫理は「心情の倫理」に止まることなく、「責任の倫理」でなければならぬ。責任の倫理は自己の行為の結果に対して責任を負うことである故に、それは知識を欠くことができないのである。我々は知識によって我々の行為の社会的結果をできるだけ予見して行為しなければならぬ。責任の倫理は行為の結果を重んずるのであるが、それは単に結果さえ善ければ行為は善いと考えるいわゆる結果説であってはならぬ。結果説には人格的な見方が欠けている。それは自己をも他をも人格として認めないところから却って最も無責任なことともなり得るのである。人格とは或る内面的なものであり、内面性なくして人格はない。結果を考えることを他律的として排斥するカントの倫理学において重んぜられたのは、人格の内面性である。人格は自由なもの、自律的なものであり、かようなものとして人格は真に責任の主体であることができる。我々は我々の行為において社会に対して責任をもっていると共に自己自身に対して責任をもっている。自己の人格を尊重するということは、自己が自己に対して責任をもつということでなければならぬ。倫理は心情の倫理と責任の倫理との統一である。
 しかし我々の行為は単に我々自身から起るものでなく、環境から喚《よ》び起されるものである。それは単に主観的なものでなくて客観的なもので
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