られたものであり、感覚も思惟の原理に従わねばならぬと考えた。しかしながらかようにして主観の能動性は徹底されるにしても、主観が万能となることによって存在は却って観念になってしまわねばならぬであろう。フィヒテの立場は人間を無限なものとし、神の立場におくことである。これに反し、カントが感性を受容的なものと考えたのは、人間の有限性を認めたことであるといえるであろう。人間が無限なものであるならば、我々の思惟はカントのいわゆる直観的悟性もしくは知的直観であることができ、認識の形式と共に内容をもみずから生産することができるであろう。フィヒテはかような立場に立った。しかるにカントに依ると、我々の悟性は原型的知性でなくて模像的知性であり、その内容をみずから生産することができぬ。カントが感性を受容的なものと考えたのは、認識に模写的意味を認めたことであるといえるが、一般に模写説は人間の有限性の理解の上に立っている。人間が有限なものであるとすれば、存在と知識との関係は模写的であると考えられるであろう。もとより人間は単に有限なものではない。人間が真理を認識し得るというのは単に有限なものではないからである。真理はむしろ人間をその有限性から解放するものである。人間は有限であると同時に無限である。
 すでにいったように、知識の客観性は、形式主義者の考える如く単に表象の普遍妥当的な結合を意味するに止まらないで、知識が客観に関係付けられていることを意味している。そこには客観の超越がなければならぬ。しかるに物が客観として超越的であるということは同時に我々が主体として超越的であるということである。超越性を離れて客観性はなく、また超越性を離れて主観性はない。客体の超越と主体の超越という二重の超越によって認識は可能になるのであり、それは同時に行為の可能になる条件である。意識の外に物があると考えるのは素樸な見方であるというのは、存在するとは意識に与えられることであると考える観念論の偏見に過ぎず、かような偏見は物と我々との関係を主として知識の立場から見てゆくことに関係している。行為の立場において主体といわれるのは単なる意識でなく、身体を具えた自己である。我々自身、いかに特殊なものであるにしても、世界における存在の一つにほかならない。意識の外に存在を認めるか否かが唯物論と観念論とを区別する基準であるとエンゲルスはいったが、かくの如く考える場合、唯物論は観念論と同じように知識の抽象的な立場に立っているのであって、自称する如く実践の立場に立っているとはいわれないであろう。行為の立場においては物は単に意識の外にあるのでなく、却って身体の外にあるのでなければならぬ。認識も世界における存在と存在との関係である。我々と物との基本的な関係は行為の関係であって、認識の問題も行為の立場から捉えられねばならぬ。
 認識は一方主観から規定されると共に他方客観から規定されている。それが主観から規定される限りにおいて認識は構成的であり、それが客観から規定される限りにおいて認識は模写的であるということができる。認識は模写的であると同時に構成的であり、模写と構成との統一である。かように対立するものの統一として認識は形成であるといわれるであろう。行為の立場において見るとき、認識もまたひとつの形成作用である。ここに形成説と名付けようと欲するものは、構成説と模写説との統一であり、主観主義と客観主義との統一である。それが何を意味するかが、次に確かめられねばならぬ。

      三 経験的と先験的

 すべての知識が経験に始まるということは明かである。そこで我々は経験の問題に戻って考えてみよう。知識はすべて経験から来るという説は経験論と呼ばれている。ところで前に述べた如く、経験論の哲学は経験を主観的なもの、心理的なものにしてしまった。経験は主体に関係付けられて経験といわれるのであるが、その主体が心或いは意識と考えられたのである。経験するとは意識に与えられるということであった。しかし経験論の哲学はもと、経験を重んずる近代科学の影響のもとに興ったのであって、経験において客観的なもの、実証的なものを見るのでなければならぬ。かようにしてそこでは感覚とか印象とかが重んぜられるのがつねである。経験論に対する合理論においてはこれに反し知識の源泉が理性に求められる。経験論者ロックに依ると、我々の心は白紙の如きものであり、一切の観念は経験から来るのであって、我々の知識はただそのような観念に関係し得るのみである。肯定判断においては一致せるものとして、否定判断においては一致せざるものとして、相互に関係させられるものは、ただ我々の観念であり得るのみである。その一致もしくは不一致の把捉が知識であるが、この把捉は判断であり、すべての判断は言
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