念との相違であるということもできる。形は全体性であり、創造的綜合として形成されるのである。形は環境と主体との作用的聯関から作られてくるのであって、環境的に限定されると共に主体的に限定され、一般的なものと特殊的なものとの統一である。従ってそれを分析的に見て、一般的限定の方向において捉えるならば、歴史的なものも説明されることができる。歴史学が単に記述的でなく説明的であろうとするのは当然である。しかし歴史的なものは、それをどこまでも一般的なものから説明してゆけばもはや歴史的なものでなくならねばならぬ。そのとき主体はただ環境から規定されたものとなり、主体の意味を失ってしまう。主体にはどこまでも自己が自己を限定するという自律的なところがなければならぬ。歴史的なものの支点はつねに形である。形は単に客観的に捉えられ得るものでなく、却って形は主観的なものと客観的なものとの統一である。歴史的認識は純粋に客観的であることができず、主体的認識でなければならぬ。歴史は内から主体的に認識される、従ってそこでは知性のみでなく情意の協同が必要である。型といっても形式論理における類概念の如きものでなく、類概念が客観的に構成されるものであるに反して、型は主体的に形成されるものである。自然科学の方法が説明であるに対して歴史学の方法が理解であるといわれるのも、同じ関係においてである。歴史的なものは表現的なものであり、表現的なものにおいては主観的なものと客観的なものとが、内部と外部とが一つである。それを認識する方法が理解であり、理解の方法の学問的に組織されたものが解釈学と称せられている。解釈は、外から内を理解することであると共に内から外を理解することであり、一般的なものから特殊的なものを理解することであると共に特殊的なものから一般的なものを理解することである。ディルタイが解釈学におけるアポリア(難問)といったかような関係は、単なる循環でなく、理解というものが弁証法的に対立するものの間における形成作用でなければならぬことを示している。理解そのものがひとつの形成的創造である。歴史的認識は主観的・客観的な作用として形成作用でなければならぬ。歴史は記述であるといっても、単なる模写でなく、構成的なところを含んでいる。尤《もっと》も理解とか記述とかということは多くの場合観想の立場に止まっている。しかるに歴史はもと行為
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