ウスがある。クルチウスの新著の『バルザック』をぜひ読めと勧められたので、買って読んでみると、なるほど面白かった。その後さらにクルチウスの『新ヨーロッパにおけるフランス精神』という本を見る機会があったが、これもよい本であったように思う。
 パリにいた小林市太郎君に下宿の世話を頼んでおいて、ケルンを通ってパリへ出たのは秋の初めであった。小林君は私と同様京都の哲学科の出身なのでかねて知っていたが、現在は大阪の美術館にいて、支那美術の研究を専門にしている。最初パリには長く滞在するつもりでなかった。すでに二か年半をドイツで過していたので、パリには三、四か月もいて、そろそろ帰国の仕度をしなければならないだろうと考えていた。それがとうとう一か年の滞在になってしまった。大都会というものは孤独なものである。孤独を求めるなら大都会のまんなかである。パリの街ではいつも多くの日本人を見た。しかし私が親しくしたのは小林君くらいのもので、それも下宿が離れていたため頻繁には会わなかった。そのほかパリで初めて知り合った友人といえば芹沢光治良君くらいのものである。もっともパリはヨーロッパへ行った者が一度は訪ねる所なので
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