今はドイツに帰っているオイゲン・ヘリィゲル氏から私はラスクの哲学を学んだ。私がハイデルベルクにいた時、氏は初めて講師となって教壇に立ったが、前の大戦――この戦争においてラスクは斃《たお》れたのである――に従軍したという氏の顔には深い陰影があった。私はヘリィゲル氏のゼミナールでボルツァーノについて報告した。この報告はやがて筆を加えて『思想』に発表した。その時分ボルツァーノの本は絶版になっていて手に入らなかったので、私はリッケルト教授の宅に保管されていたラスクの文庫からその本を借り出して勉強したことを覚えている。ヘリィゲル氏はその頃ハイデルベルクにいた哲学研究の日本人留学生の中心であった。氏を中心として大峡氏や北氏の下宿で読書会が開かれていたが、私もつねに出席した。かようにしてヘリィゲル氏に読んでもらった本の中に、ヘルデルリンの『ヒュペリオン』がある。ヘルデルリンはあの大戦後ドイツの青年たちの間に非常な勢いで流行していたのである。しかし私が当時彼らの精神的雰囲気を作っていたヘルデルリンを初め、ニーチェ、キェルケゴール、ドストイェフスキーなどに深い共感をもって読みふけるようになったのは、マー
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