るのである。たまたま信心を得たものはかかる宿縁をよろこぶべきであり、念仏の行者はかかる宿縁においてつながるものとして原始歴史的自覚において、同朋の意識を深めるのである。〔欄外「『たまたま』原始歴史」〕『大無量寿経』には、「法を聞きてよく忘れず、見て敬ひ得て大によろこばば、すなはち、わが善き親友なり。」と仏は述べている。
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*「問ていはく、聖人の申す念仏と、在家のものの申す念仏と、勝劣いかむ。答へていはく、聖人の念仏と、世間者の念仏と、功徳ひとしくして、またまたかはりあるべからず。」と法然は書いている。
**曇鸞の『往生論註』下には「同一に念仏して別の道無きが故に、遠く通ずるに、それ四海のうちみな兄弟とするなり」と示されている。
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ところで無戒という時代の特徴は、単に出世間の法のみではなく、同時に世間の法が重んじられねばならぬことを意味する。世間の生活から遊離することなくして仏法を行ずるということに無戒ということの積極的意義がある。浄土門の教が易行道であるということは、それが出世間の法として行ない易いことを意味するのみではなく、かえって生活と信仰とが分離することなく、生活が念仏であり、念仏が生活であるべきことを意味するのである。法然はいう。
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「現世をすぐべき様は、念仏の申されん様にすぐべし。念仏のさまたげになりぬべくば、なになりともよろづをいとひすてて、これをとどむべし。いはく、ひじりで申されずば、めをまうけて申すべし。妻をまうけて申されずば、ひじりにて申すべし。住所にて申されずば、流行して申すべし。流行して申されずば、家に居て申すべし。自力の衣食にて申されずば、他人にたすけられて申すべし。他人にたすけられて申されずば、自力の衣食にて申すべし。一人して申されずば、同朋とともに申すべし。共同して申されずば、一人籠り居て申すべし。」
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さて世間の法すなわち俗諦は、浄土真宗の宗乗学者によれば、「信心為本」に対して「王法為本」である。あるいは信心正因、称名報恩に対して、「王法為本」、「仁義為先」といわれている。この語は宗祖の法孫蓮如上人の『御文章』に、「ことにまづ王法をもて本とし、仁義をさきとして世間通途の儀に順じて」という言葉に出づるものである。同じく『御文章』には「ことにほかには王法をもておもてとし、内心には他方の信心をふかくたくはへて、世間の仁義をもて本とすべし。これすなはち当流にさだむるところのおきてのおもむきなりとこころうべきものなり。」といい、また「それ国にあらば守護方、ところにあらば地頭方にをひて、われは仏法をあがめ信心をえたる身なりといひて、疎略の儀ゆめゆめあるべからず。いよいよ公事をもはらにすべきものなり。かくのごとくこころえたる人をさして、信心発得して後生をねがう念仏行者のふるまひの本とぞいふべし。これすなはち仏法王法をむねとまもれる人となづくべきものなり。」といい、また『御一代記聞書』には「王法は額にあてよ、仏法は内心に深く蓄えよ」ともいっている。宗祖親鸞においてはかような定式は見出されない。『御消息集』には次のごとく書かれている。「念仏まふ[#「まふ」に「(まう)」の注記]さん人々は、わが御身の料はおぼしめさずとも、朝家の御ため、国民のために、念仏をまふしあはせたまひさふらはば、めでたふさふらふべし。往生を不定におぼしめさん人は、まづわが身の往生をおぼしめして、御念仏さふらふべし。わが御身の往生一定とおぼしめさん人は、仏の御恩をおぼしめさんに、御報恩のために、御念仏こころにいれてまふして、世のなか安穏なれ、仏法ひろまれとおぼしめすべしとぞおぼえさふらふ。」この言葉は普通に解釈されているごとく王法為本の思想を現わすものと見ることができるであろう。しからば仁義為先についてはいかがであるか。仁義の思想は言うまでもなく儒教に出づるものであって、わが国においても儒教の流伝とともに国民道徳の基本となったのである。しかるに『教行信証』化巻には『論語』が引用されている。『論語』は、幾多の書からの引用文から成っている観のある『教行信証』に引用されている唯一の外典である。このことは親鸞がいかに論語を重んじていたかを示すものであろう。したがって彼は世間の法については論語によるべきことを教えたと解することができる。
さて論語からとられた文は、「季路問、事鬼神。子曰。不能事。人焉能事鬼神。」であり、「季路とわく、鬼神につかえんかと。子のいわく、つかうることあたわず、人いずくんぞよく鬼神につかえんやと。」と読ませている。しかるに『論語』「先進篇」(第十一)ではこの文は「季路問事鬼神。子曰。未能事人。焉能事鬼。」であり、「季路、鬼神につかうるを
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