がこの歴史的伝承に生きることによる。
親鸞の信楽はかかる浄土教の歴史的伝承において成就する。かかる歴史的伝承は本願力として捉えられる。本願力は他力の概念の核心。
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右のごとくにして、正像末の歴史観は浄土教史観とまさに表裏をなしていることが知られる。正像末史観は、仏滅後、時を経るにつれて時代が悪化してゆくことを述べたもので、上古に理想的状態をおき、降るにしたがって堕落してゆくと考えるものであり、形式的に見れば、これは仏教以外にもよくある思想で珍しいものではない。それは歴史は時とともに進歩すると見る歴史観とは相反する方向をとるものであり、前者が単純なオプティミズムであるのに対して後者は単純なペシミズムであると考えられるであろう。もとよりかかる単純なペシミズムは親鸞のものではない。彼にとっては正法像法末法と降るに従って時代が悪化してゆくということは、同時に、他の面から見れば、真実の教である浄土教が次第に開顕されることであった。
しかしながら、歴史は浄土教の開顕の歴史であるとするこの史観は、もとより単なる進歩主義ないし進化主義ではない。なぜならまず第一に、この浄土教史観はその逆の面としてつねに正像末史観を含んでいる。両者は不可分の関係に立っている。親鸞は絶えず末法のあさましさを悲しみ、自己の罪の深さを歎いた。世の末であるという深刻な自覚が逆にいよいよ弥陀の救済を仰ぎ、その真実を信じたのである。この一点から見れば、他の諸点においては本質的な差異があるが、彼の歴史観はキリスト教における終末観に類似している。
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いわゆる『御本書』または『御本典』すなわち『教行信証』の行巻の終わり、信巻の前に付せられた『正信念仏偈』、あるいはいわゆる『略文類』または『略書』すなわち『浄土文類聚鈔』の中にある『念仏正信偈』は浄土史観を述べたものである。そこでは弥陀と釈迦、および浄土教の七高僧が経すなわち『大無量寿経』により、および七祖の著述である論釈によって讃述されている。
浄土真実と浄土方便との対応
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第二に、それは単に未発展のものが次第に発展してゆくという進化の過程ではない。浄土教はもちろん歴史において次第に開顕されたのではあるが、この過程の初めにおいてそれはすでに開顕されていたのであり、したがって開顕の過程は自己から出て自己へ還ってくる運動である。それは教の歴史的な自己運動ともいうべく、この点においてヘーゲルにおける概念の発展と類似している。しかもこの運動はつねに[#「つねに」に傍点]その根柢において弥陀の本願という絶対的なものに接しているのである。
第三に、しかしながら教のこの展開はヘーゲルにおける概念の自己運動とも本質的に異なっている。なぜなら教の展開は親鸞において同時に祖師たちの伝統の継承の問題であった。彼にとってそれは単に法の問題でなくて人の問題であった。浄土教史観は七祖史観[#「七祖史観」に傍点]とも呼ぶことができるであろう。浄土真宗では、竜樹、天親、曇鸞、道綽、善導、源信、源空の七祖を正依の祖師とし、さらに菩提流支、懐感禅師、法照禅師、少康禅師の四師を傍依の祖師としている。菩提流支は『高僧和讃』曇鸞章に、懐感は同じく源信章に、法照、少康の二人は同じく善導章に出ている。これら四師を摂して、浄土教史観は七祖史観と名づけることができる。そこでは単に教法が問題でなく人間が問題であった。それは単なる哲学ではなく宗教であるからである。人は、ヘーゲルの歴史哲学においてのごとく、理念の展開の道具に過ぎぬのではない。人において法が見られると同時に法において人が見られるのである。なぜならこの法は人間の実存にかかわり、各人の救済が問題であるからである。右に引いた歎異鈔の文がこれを明らかにしている。法と人とは二つであって二つではない。親鸞にとって伝統は単に客観的なものでなく、これを深く自己のうちに体験し証すべきものであった。相承は己証と結びついて区別することができぬ。これによって彼はおのずから伝統のうちに新しいものを作り出し、みずから一宗の祖として新しい出発点となったのである。
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もとよりこの伝統の中心をなすものは弥陀である。しかもこの弥陀の本願の教えをこの世に示したのは釈迦であり、そこに釈迦出世の歴史的意義がある。釈迦なしには伝統はなく、弥陀なしには伝統はない。したがって本典および略書の両偈がまず弥陀および釈迦について述べ、ついで七高僧について述べているのは当然である。ここに人と法とは二つでない。
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○七祖出現の使命は要するに
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「インド西天の論家、中夏、日域の高僧、大聖興世の正意をあらはし、如来の本誓、機に応ぜ
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