が生じてくるのか、また快いくすぐりの感覚から或る悦びが生じてくるのか、あるいは何故に、私が飢えと呼ぶこの何か知らない腹部のいらだちは私に食物を取ることについて忠告し、咽喉の乾きはしかし飲むことについて忠告するのか、その他これに類することが生じるのは何故であるかについては、私は自然によってこのように教えられたからという以外、実に私は他の説明を有しなかった。なぜなら、腹部のいらだちと食物を取ろうとする意志との間には、あるいは苦痛をもたらすものの感覚と、この感覚から出てきた悲しみの意識との間には、いかなる類同も(少くとも私の理解し得たような類同は)まったく存しないからである。むしろ、私が感覚の対象について判断したその他の一切のこともまた、自然によって教えられたように思われたのである。というのは、私は、それら一切のことが私の判断したごとくであるということをば、まさにこのことを証明する何らかの根拠を考量するよりも前に、自分に説得したのであるから。
しかるにその後多くの経験が、次第次第に、感覚に対して私の有したすべての信頼を毀していった。なぜなら、時々、遠くからは円いものと思われた塔が、近くでは
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