しく我々に知られるやうになる。かくて凡てが漸次に高次の規則や法則に従属させられて行くのであるが、それらの規則や法則は言葉や仮説を通じて悟性に開示されるのでなく、いはば現象を通じて直観に現示されるのである。我々はそれらを原現象と名付ける。」即ち原現象とは或る普遍的なものである。然しそれは抽象的、悟性的なものでなく、この意味で法則といふよりもイデーもしくはエイドス(形態)であり、しかもこの場合イデーは経験から離れたものでなく、経験に即して直観され得るものである。それはイデー的なものとしてゲーテにおいて安全性または合目的性の感情と結び付いてゐた。「人間が到達し得る最高のものは驚異であり、そして彼を原現象が驚異せしめるとき、彼は満足すべきである。より高きものをそれは彼に与へ得ず、またより先きなるものを彼はそれの背後に求むべきでない。ここに限界がある。」もしテュプスがかやうな原現象の意味のものであるならば、それが単なる型或は類型を意味し得ないことは明かである。テュプスは寧ろ生ける普遍として形成法則 Bildungsgesetz と解せらるべきであらう。我々はこの概念がゲーテ的な原現象の意味を失つて、抽象的形式的な型もしくは類型の意味のものとなるとき、それが歴史にとつて外的なものとなり、従つて何等生産的でないものとなつてゐるのをしばしば見ないであらうか。今日人々はテュプスの概念をかかる堕落から救ひ、歴史の内面的形式として開示しようと努めてゐる。形態の概念も、例へばフリーデマンの『プラトン、彼の形態』(一九一四年)、或はシュペングラーの『西洋の没落』(第一巻「形態と現実」一九一八年)などにおいて歴史の領域へ導き入れられた。
然るに我々はかくの如き直観がまたまさにゲーテを歴史から離反せしめたといふことに注意しなければならない。特殊と多様とのうちに見られる普遍的なものはゲーテにとつて必然的なもの、従つて繰返すものを意味した。かかるものは自然のうちには見出され得るとしても、歴史は自由なもの、肆意《しい》的なるもの、一回的なるもの、奇異なるもの、絶えず新しきものを現はしはしないか。浪漫主義者はそのためにこそ歴史によつて誘惑される。「詩人は偶然を熱愛する。」とノ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ーリスは云つた。ゲーテは反対に必然性が欠けている故をもつて歴史から眼を背ける。歴史は彼にとつて「誤謬《ごびゅう》と強力との混淆物」と見えた。彼の直観は歴史的なものにおいて自己に好ましく、ふさはしき対象を見出し得ない。このものは既にあまりに多くの素材、あまりに少い形式を含んでゐる。歴史は、それが普遍的なもの、常住なものを現はしてゐる限りにおいてのみ、彼の興味を惹くことができた。或る時彼はエッケルマンに向つて語つた。「イギリスの歴史は詩的描写にとつてすばらしいものである、なぜならそれは或る立派なもの、健全なもの、それだから繰返されるところの普遍的なものであるから。フランスの歴史はこれに反して詩に適しない、なぜならそれは再びやつて来ないひとつの生の時期を現はすから。」かくの如く歴史のうちに恒常なもの、繰返すものを求める心も、固より或る種の歴史家にとつては縁のないものではなからう。上に云つた如く歴史において直観の渇望を充たさうとしたブルックハルトは書いてゐる。「歴史哲学者たちは過去のものを我々発展したものに対する対立及び前階として観察する、――我々は繰返すもの、恒常なもの、テュプス的なものを、我々のうちにおいて共鳴するもの、理解し得べきものとして観察する。」然しながら、恒常なもの、繰返されるものは、本来歴史的でなく、寧ろ自然的なものでないか。まことにゲーテの世界観の根柢をなしたのは自然の概念であり、自然の生産物として歴史的なものもゲーテを関心せしめたのである。歴史的人間的なものは、彼がそれを自然的なものとして表象し得た限り、彼の興味を惹いた。従つて我々がゲーテにおけるテュポロギーについて語るならば、それは特殊の意味を含まなければならない。ひとはそのことを、例へば、ゲーテの『※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ルヘルム・マイスター』とヘーゲルの『精神の現象学』とを比較することによつて理解し得るであらう。もしも前者を伝記と見るならば、後者もひとつの伝記、ほかならぬ世界精神の伝記である。ヘーゲルの現象学も一の最高の意味におけるテュポロギーであつた。そこに叙述されたのは意識の諸形態 Gestalten des Bewusstseins 即ち意識の発展における種々なるテュプス的な段階であつた。そしてそれらはヘーゲルにおいては意識の歴史形態であり、その材料も多くは思想の歴史から取つて来られている。然るにゲーテが好んで描いたのは「人間生活の自然形態」、「我々の種族の常住な自
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