武器とががん張ってる表の入口からするのでない以上は、はいっても出たというものがない事だ。庭は広くてよく手入れが行《ゆ》き届いていた。そして家の中からその庭への出口はたくさんあった。が庭から世の中への出口がないのだ。周囲は高くて滑々《すべすべ》で登る事の出来ない塀にとりかこまれて、塀の上には盗難よけの釘が列をつくっている。この庭は、百人に近い犯罪家に首をつけ狙われている男にとっておそらく悪るい庭ではない。
 イワンが来客への申訳によると主人から先刻電話がかかって、十分ほど遅くなるからとの事であった。ヴァランタンは実は死刑執行やその他の厭《いま》わしい事務についての最初の手配りをしていたのだ。そうした仕事は腹の底から不快なことであったが彼はそれをテキパキと片づけるのが常であった。犯人の追跡には無慈悲な彼も刑罰には非常に寛大であった。彼が仏蘭西《フランス》の――否、広く全|欧羅巴《ヨーロッパ》にまたがっての――警察制度の支配者となって以来、彼の影響は、名誉にも刑罰の軽減、監獄の浄化等いう方面に及んだことである。彼はフランスの偉大な人道主義的自由思想家の一人であった。
 ヴァランタンが帰宅した
前へ 次へ
全42ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング