会に多大の補助を与えおった。かと思えば、『断頭台《ラギュイヨチーン》[ルビの「ラギュイヨチーン」は底本では「ラギュイヨケーン」]』の如き国家主義の新聞をも後援しおった。それで双方共怨みはないはずじゃのに、ヴァランタンさんはとうとうばく発してしもうてな、あの富豪の命を取ろうと決心してさすが大探偵らしい手段を取るに至ったわけですがな。彼は犯罪学上の研究に資せんがためとか何とかいう理由で、かの処刑されたベッケルの首を持帰った。それから食後、ブレインさんを相手に最初の議論をしてそれはガロエイ卿も最後まではその議論を聞かれなんだが、それに負けて、相手を密閉室のような奥庭へ誘い込んだ上で、撃剣術の話をして、軍刀と樹の枝を実地に使用して見せて、それから――」
イワンがいきなり跳上った。
「この狂人《きちがい》ッ」と彼は大喝した。「サア御主人様の所へ行《ゆ》け、たとえ貴様をひっ掴んでも連れて行《ゆ》くから――」
「待て待て、わしはそこへ行《ゆ》こうと思うとるところじゃ」とブラウンは平然としていった、「わしはあの方に白状してもらわにゃならん、それで事ずみじゃ」
一同は気の毒なブラウンを人質か犠牲《いけにえ》のように引立て、急にひっそりになったヴァランタンの書斎へなだれ込んだ。
大探偵は机に向って、一同がはいって来るのも聞こえねげに、仕事に熱中しているかと見えた。一同はちょっと立留った。がその硬直したような上品な後姿を見ていた医者のシモン博士は何と思ったか突然前方に走りよった。ひと目見、ちょっと触ってみて、ヴァランタンの臂《ひじ》のそばに丸薬入りの小函があることを見た、人々はヴァランタンが椅子の中に冷たくなっている事を知った。
底本:「世界探偵小説全集 第九卷 ブラウン奇譚」平凡社
1930(昭和5)年3月10日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「貴方→あなた 彼奴→あやつ・かやつ 有難う→ありがとう 或いは→あるいは 如何→いか 何時→いつ 一っぱい→いっぱい 於て→おいて 恐らく→おそらく 仰有る→おっしゃる お早う→おはよう 拘らず→かかわらず 曽て→かつて 可なり→かなり 屹度→きっと 位→ぐらい 斯う→こう 此処→ここ 御座います→ござ
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