が坂に成って果実のように累累《るいるい》として横たわっていた。
彼は患者達の幻想の中を柔く廊下へ来た。長い廊下に添った部屋部屋の窓から、絶望に光った一列の眼光が冷く彼に迫って来た。
彼は妻の病室のドアーを開けた。妻の顔は、花弁に纏わりついた空気のように、哀れな朗らかさをたたえて静まっていた。」(「花園の思想」)
[#ここで字下げ終わり]
そこで、大衆文芸の文章は? くだけて云うなら、難渋な文章を書いてはいけない[#「難渋な文章を書いてはいけない」に傍点]のである。仮りに、今、手もとにある、同じ二月七日の夕刊から三つの例を次に取って見よう。諸君自身、吟味比較して読んでみ拾え。
[#ここから2字下げ]
四人の武士が集って、燭台の燈火を取り巻いていたが、富士型の額を持った武士が一人だけ円陣から抜けだしてふすまの面へ食っついたので、円陣の一所へ空所が出来て、そこから射し出している燈火の光が、ふすまの方へ届いて行って、そこに食いついている例の武士の、腰からかがとまでを光らせている。腰にたばさんでいる小刀のこじりが、生白く光って見えるのは、そこへ燭台の燈火が、止まっているがためであろう
前へ
次へ
全135ページ中52ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング