も、尚この古い殻は尊いもののように女性及び男性の頭にこびりついている。鶴見祐輔君の「母」なぞは可成りこんな恋愛観念が含まれているようである。だが、若い女性の生活の変化は次第にこんな型から抜け出ようとしている。何よりも良人がほしい、良人が出来れば全的に服従する。そして、その後の女性としての仕事は、母として子供を育てることだけである。だが、生活難はすでに経済的に良人を信頼するに足りぬものとした。一方女性は自らの職業を見出し、自ら生活する道を男性の手から奪った。こうした結果は、新らしい恋愛と結婚の道を彼女らに指し示しているのである。「母性的恋愛」は一つの美しかりし思い出になろうとしている。
 第三は、「性欲的恋愛」である。異性の体臭を知ったものは、必ずこうした恋愛感情を多少とも持つだろう。女を見ることがすでに姦淫である、という言葉はこうした意味で正しい。神さまは、性欲を掩う美しいベールとして恋愛感情を人間に与えたのであろう。だが、智慧の林檎を一たび口にした人間は、これを逆用した。人間の赤裸々な感情は一寸でも美しい異性に接すると性欲を持つのである。写実主義小説は多くこんな恋愛を解剖している。

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