声ならんとする時、まさに革命的宣伝小説は勃々たる隆興の機運にせまられている。
 その他に、戦争小説とも称ばるべき一群の通俗小説がある。我国の過去の作品を取ってみるなら、「源平盛衰記」「難波戦記」等の戦記物、日露戦役当時で謂うならば、「肉弾」、「此の一戦」等、現在では「日米戦争未来記」とか「進軍」といった類いの小説。これらは、戦争を、軍国主義を積極的に宣伝、鼓吹するものであるから、当然、宣伝小説の部門に入れられるべき性質のものである。

  七、怪奇小説

 私は、これを広い意味に於ける探偵小説、所謂《いわゆる》怪奇小説と称ばれるものも含むものである。共に、空想的疑惑、恐怖的な好奇心を唆《そそ》るものだからである。人間社会の宇宙の凡ゆる不可思議が残るくまなく科学的知識に依って解き得る時が来るまで、人間の生活をおびやかす物のみに対する人間の心理の、空想的疑惑、恐怖心は人間を誘惑するであろうし、人間社会から凡ゆる犯罪がなくなるまで、より科学的に深まりつつも、探偵怪奇に対する好奇心は人間の著しい魅力として残るであろう。尚人間それ自身は、現在では決して完全無欠ではない。例えば視覚は往々にして錯覚を生じる。錯覚とは知りながら、ある心理的状態においては、それが恐怖心を抱かすことがある。怪奇は、曾て怪奇なりしものが科学によって克服されればされる後から、愈々微妙に、複雑に、緻密にそれ自身を科学の隙間から突如として立ち現れ来るのである。一方、犯罪は愈々巧妙にして新《あらた》な方法で構成されていく。加うるにこの歪める現在の社会に於て、一方に莫大なる富のあくなき集積があると同時に、反面に貧困を愈々深刻化し広汎に拡がらせていきつつある。かかる時、犯罪は亦社会的に後を絶つべくも無いのである。
 エドガア・アラン・ポーの小説は、芸術小説の部類に含まるべきものながら、その題材は主として怪奇物語を取扱っている。我国で例を取れば、江戸川乱歩の傾向がそうである。探偵小説に至っては、益々科学的知識との結合は重大である。犯罪が愈々科学的に巧妙に行われると同時に、捜索も亦、科学的に緻密に行われる。ルブラン、ドイルより現在に至る探偵小説を吟味してみ給え。それが如何に科学を反映しているか。
 だから、怪奇小説に筆を染めんとする諸君は、よろしく何よりも科学的知識を、そこでそれと結合した特異な、豊富な空想力を涵養しな
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