私は、その頃、竹竿をもって、材木の間をつつきに歩いた。確に、悪童であったにちがいない)。私は、今の内に大阪の隅々を見ておかぬと、齢が齢である(いくつなんだか判らない三十五である)。
所で、大阪を見たり、論じたりする場合、必ず、その好敵手である東京と比較して、女が、食物がというが、凡そこれ位、常套手段は無い――と思うが、何うも、これは、アメリカ人が、木登り耐久までもして、世界一という比較を誇ろうとする如く、文化の進歩上いい現象なのかもしれない。ただ私は、大阪生れの、東京|住居《ずまい》である為に、或は、公平にも見えるし、或は偏頗《へんぱ》になれもする。都合によっては、一方へ偏したり――多分、誰よりも、偏頗になりえられる。
歩くには、もう少し寒いが、一人で、ぶらぶら(若い、美しい女性の同伴希望者は、速かに申込むべし)明日から、歩こうと思う。
梅田と木津川
私は、いつも、大阪へくる時、飛行機にしている。汽車のように退屈しないからである(退屈ということが、何んなに、金儲けにならぬことかは、大阪人が、一番よく知っているだろう。だから、旅客飛行機の乗客で、搭乗《とうじょう》回数のレコードホルダーは、大阪の電気器具屋の八木氏? それから、もう一人大阪人があって、次に、私である。尤も、大阪から一人、妓《おんな》の為に、飛行機で通ってくるという噂があるから、もし、この二人が、そうだとしたなら、それは――いよいよ尊敬してもいい。だが、退屈によく似たもので、疎懶《そらい》というものの有るのは、大阪町人には判るまい。これは、恐らく、大阪のどっかの隅にあるべき筈で、私が、大阪へ戻ってきたなら、きっとそうなるにきまっている。だが金儲けとは反対であるから大阪人はきっと、彼奴変ってまんなで片付けるにちがい無い)。
そして飛行機は木津川尻へ着くが、ここから大正橋までは退屈でもあるし、腹も立つし大阪軽蔑心も湧き出してくる。実になったあらへん所である。文化は道路に沿って起り舗装道路の上に立つというが(誰が云ったのか知らないがこういう言葉があったように思う。無かったとしたら、僕の造語だが中々うまいことをいう)、尖端的な飛行機発着場への道として――それは、道でなく、自然の土の上へ軌道を敷いただけのものである。
処で、汽車の着く、梅田の駅頭も、その非文化的な上に於て、木津川よりも賑やかという以外に何物もない。大阪梅田駅前の光景、というものは、第三流都市の下品さである。豊橋とか、岡山とか――。
粟おこし屋、安物雑貨、バナナと蜜柑としか無い果物屋、何処の三流都市よりも劣った安宿。甘酸《あまず》っぱい湯気を立てている鮨屋(此湯気は甘酸っぱくないかもしれぬが、そうしておかぬと気持が出ない)、これらの店の連続は、近代都市、経済都市の玄関ではなく、朱判を押した白衣の、団体客によってその繁栄を保持している町のステーション風景である。
もし、私の恋人が、初めて、私を大阪に訪うてきて、この下級飲食店の羅列を見て、その町に住んでいる私を軽蔑しないなら、私は却《かえっ》て、物を軽蔑することを知らない、その恋人を軽蔑してしまうにちがい無い(物を軽蔑することのできぬ人間は、又、物を尊敬することを知らない。僕の格言)。
だが、こういう小商人《こあきんど》はいい。彼等は、己の都市の美観よりも、金儲けに忙がしい。只怪しからんのは、阪神という阪急と共に梅田の東西に蟠居《ばんきょ》している大資本家である。巨額の積立金を持っていながら、電車は、プラットホームさえ有ればいい、というような態度である。阪神のあの建物は、いかなる建築の様式にもない、バラック的建築物にすぎない(尤も、重役は、こういう攻撃に答えて、いずれ梅田駅の移転が出来上ってから、曾根崎署よりも阪急よりも立派な物を造りまっせ、というだろう。そして、いつまで経っても造らないのが、重役だ。世界中で、凡そ日本の重役位、狡《ずる》くて図々しい奴はない。何を一番先に軽蔑していいかと、僕の恋人が聞いたら、重役と、僕は答えるだろう)。
僕が、市長なら、電車の市内乗入と交換条件にして、大軌ビル程度の物を建てろ、と、要求するだろう。だが、まあいい。芸術に対しての軽蔑は、僕等が彼等を軽蔑することよりも、一般的なのだから、大阪人士のみの悪弊では無い。
東、吉原両飛行家には、銀盃を下賜されるが、菊池寛の戯曲が、イギリスの一流作家より優れていても、木盃さえもらえないのが、日本だ。時々何かいい種はないかと、外国の通俗物を読むが、日本の作家の方が、ずっとうまい。その内、ノーベル賞でも、貰う人が出るだろう。そしたらははんとでも、思ってもらえばいい。世界中で、発明家と芸術家とを虐待している一等国というのは、日本だけだ。就中《なかんずく》、大阪など、その為
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