を下げるとき、四人は刀を抜いて、
「さあ」
 足軽は左右に二人ずつ、六尺棒をもって、警《いまし》めている。真岡木綿の紋付に裁付袴《たつつけばかま》。足軽でも上等の方だ。

     六

 無言で四人が睨合っている。三人と一人との勝負には、余程段ちがいで無いと、一人の方から斬かけない。三人の一人が斬込む。外して外の一人へ斬込んで敵の陣をくずす、これが普通とされている。清十郎も九郎右衛門も普通の腕だから、まず十内が、
「やあ」
 と小手へ入れてくる。真剣勝負の小手なんかは利目の薄い物だが、助勢で敵を計るときにはこの辺へ一寸《ちょっと》手を出してみる。払って、斬込む、退く。横から清十郎が討込もうとする隙に、九郎右衛門ぴたりと構を立直して、
「やあ」
 と、喜遊次中々の腕前、半時間位経ったが勝負がつかぬ。朝とは云え五月末の太陽、八時になると相当に暑い、四人ながら汗に浸《し》んでいる。どーん、と太鼓の音、
「休憩」
 と足軽が叫んで、四人の間へ六尺棒を入れる。十内思わず、汗を横なでして、
「有難う」
 と礼を云う。足軽付添って右左へ別れて、控所へ、汗を拭い、水を飲んで、刀を試《しら》べる。
「もう一息という所で、踏込方が足りませぬな。四度目の斬込みなど確かに一本きまった所、ほんの一寸で外《そ》れましたが、踏込んで御覧なさい」
 身分は低いが武芸自慢の足軽、中々批評を試みる。
「左様、つい気怯《きおく》れ申して見物が多いと固く取っていけませぬ」
「いや、見物があるので固くとらるる位なら見上げたもので御座る」
 足軽大いに上げたり下げたりしている。
「如何、始めてよろしゅう御座るか」
 と、小目付が聞きにくる。
「これは御丁寧なる。何卒《どうぞ》御打ち下されい」
 どーん、どーん。見物、欠伸《あくび》していたが、そろそろ起直ってくる。
「いざ」
 と引く六尺棒、又勝負したが、どうにかこうにか討取る。どっと鬨《とき》の声が上る。
「御目出度う御座る」
 という足軽の言葉をあとに、検使に礼を述べる。
「首級《くび》を持参の儀苦しゅうない」
 講談だとすぐ竹矢来を結んで敵討をするが、本当の話となるとそんな事をして仇討したのは極く稀である。俗書に伝えられているのはこれと「宮城野信夫の仇討」位のもので、行馬《こうば》の中での晴の勝負など滅多と無かった。一例として挙げておく。



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