則と少しでも違うと思ってはならんのだ。あすこの猫眼石《オパール》の平原にも、真珠でちりばめた断崖の下にも、貴公は必ずや『汝、盗みするなかれ』の禁札を見まするぞ」
ヴァランタンは、この一生涯に始めての馬鹿げた大失敗から、落ち込んだこの窮屈な姿勢から逃げ出そうと、もう身がまえるばかりだった。が、高い方の僧侶がだまっている中《うち》に、何となくあいつの答えを聞いてからにしようという気になった。遂に彼が話し出した、頭を垂れ両手を膝にのせて彼は簡単にきり出した。
「なるほどな。だがわしはやはり、地球以外の世界はおそらく我々の理性よりずっと高いところにあるものだと考えますな。天国の神秘は量ることが出来ませんて。わしはただ頭《かしら》を垂れることを知るのみですぞ」
それから、彼はちょっと眉をよせて、しかし態度や声の調子は少しも変えずに、つけ加えた。
「貴公の青玉《サファイヤ》の十字架を下さらんか。どうだな? 幸いあたりに人も居らん。わしは貴公を藁人形のように八つ裂きにも出来ますぞ」
少しも変っていないその声や態度は、その話の変化に、かえって奇妙な恐ろしさを与えた。それにもかかわらず、宝物《ほうもつ》の持ち主の方は、わずかに頭を動かしただけだった。そしてどこかぼんやりとした顔を星空の方に向けた。たぶん、彼は、その意味が判らなかったのだろう。でなければ、たぶん彼は腰を抜かしてしまったに違いない。
「左様」と高い方の僧侶は同じような低い声で、同じ態度で言いかけた。「左様、俺はフランボーだよ」
それから、少し間を置いて、彼は言った。
「さあ、十字架はくれるだろうな?」
「いやだ」と対手《あいて》は言った。そしてこの一言は実に不思議なひびきを持っていた。
フランボーは今まで被っていた僧侶の仮面をがらりと脱ぎすてた。この稀代の盗賊は、反り身になって、低く長くあざ笑った。
「いやだと」と彼は叫んだ。「くれないと言うのか、大僧正猊下《だいそうじょうげいか》。くれたくないだろうとも。ちんちくりんのお聖人さん。なぜくれたくないか教えて進ぜようかな? その訳はな、もう俺様がちゃんと、このポケットに持っているんだ」
小さいエセックス男は、夕闇にもありありと驚愕の色を見せた。そしてまるで『秘書官』が示すようなおどおどしたものごしで言った。
「ホウ! それはまたほんとかね?」
フランボーは大満
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