家にかえって寝るばかりだろうじゃあないか?」ヴァランタンは、転ぶように料理屋へはいって行った。一行はまもなく、ささやかな食卓で、おそい昼食《ちゅうじき》を喫した。そこでは破れ硝子の星形の穴を内側からよく見ることが出来たのだ。
「窓ガラスがこわれてるじゃないか」とヴァランタンは、勘定を済ますと、給仕に向って言った。
「左様でございます」と給仕は小銭を数えながら答えた。ヴァランタンは少なからぬ心付をそっとそこへ加えてやった。
「はい、左様でございます」と給仕は言った。
「まったくおかしな出来事なんで」
「そうか、俺達に話してくれないか」と探偵は別に何心ない好奇心を装ってたずねた。
「はあ、坊さんがお二人お見えになりまして」と給仕は言った。「二人とも近頃来たらしい外国の坊さんですが、安直なお弁当をお上りになると、一人の方《ほう》がお勘定をなさいました。そして先に出て行きました。もう一人の方《ほう》がちょうど出て行《ゆ》こうとしていました。お金をしらべてみると、勘定の三倍もございます。『ああ、もしもし、これでは多すぎます』と申しますと、坊さんは平気で『ああ、そうか』と言うんです。『へえ』と言って私が勘定の多いのをお見せしようとすると、すっかり面喰いました」
「どうしたんだね」と質問者が言った。
「さあ、私は誓ってもよいんですが、はじめたしかに四|志《シリング》と書いたのに、はっきり十四|志《シリング》となっているんです」
「なあるほど」とヴァランタンが叫んだ。そして身体《からだ》をゆるゆると動かしたが眼は異様に光っていた。「で、それから、どうしたね?」
「ところが門口の坊さんときたらすましているんです。『いや、それは失敬。余分のところはこの窓で埋合わせをつけるよ』[#「』」は底本では「」」]と言うんです。『なに窓ですって?』と聞き返しますと、『わしが、こわそうという分《わけ》だよ』と言ったかと思うと、持っていた洋傘《コウモリ》で、あの通り破ったのです」
 三人の警察官は一斉に叫び声を上げた。警部は呼吸《いき》をはずませて「では発狂者を我々は追跡してるんかな」と言った。給仕はこの馬鹿げた話を更に大袈裟に話し出した。
「私はもうまるで呆気にとられて、何とする業《すべ》も知りませんでした。その間に坊さんは表へ出て、あの角を曲って連れの坊さんのあとを追って行きました。それからバロッ
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