こが判らん」
「判らずに――」
「いいや、大作は、中々の腕だからのう、世の中には、似た者が、いくらもあるし――」
 右源太は、膝を立てて
「贋首《にせくび》だと申すのか」
 と、怒鳴った。
「怒っては困る」
「不届ではないか? 上のお眼鏡まで、汚すではないか」
 右源太が、こういった時、襖を開けて、足早に入って来た一人が
「昨日の大作は、本物でないぞ、あいつは、大作の弟子の関良輔という人物じゃ」
「ええ?」
 右源太は、微笑した。そして
(俺は運のいい人間だ、そうだろう。大作が、のこのこと江戸をうろつくものか、津軽とて、黙って見逃してはおくまいし――何うだ。うまく行く時には、うまく行くものだな)
 右源太に反感を、疑惑をもっていた朋輩は、顔を、一寸赤くして
「関良輔?」
「うむ」
「奉行所で聞いたのか?」
「聞いてきた。追っつけ此処へも、回状がくるであろう」
「ふうむ」
 朋輩は、腕組をして俯いた。
「相馬大作が一人でないことは、南部まで行かんと判らん。大名相手の大仕事を、一人や二人で出来るものかを考えずとも、判りそうなものじゃ」
 右源太は、静かにいった。右源太を、平常から軽蔑していた上に、今度の加増で、反感と、嫉妬とをもっていた人々は、右源太に、こういわれて、じっと、横から、その顔を睨みつけていた。白々とした空気が、部屋一杯になってしまった。

    二十五

「何うでえ、野郎。日本中の胆っ玉を、一人で買集めたってんだ。ええ、何うでえ」
 と、職人は、大声を出していた。新らしい槻の板に
「実用流軍学兵法指南 相馬大作将実」
 と、書いたのが、門にかかっていた。黒塗の門で、石畳が七八間も、玄関までつづいていて、その左側に、道場があるらしく、武者窓が切ってあった。
 看板の前に、大勢の町内の人が集って、口々に、話合っている。そして、侍が近づいて覗き込むと
「どうでえ。これがほんとうの勇士ってんだの、百万の敵中へ、たんだ一騎、やあやあ近くば耳にも聞け、遠くば鼻で嗅いでみよ――」
「ほほう、大胆な仁だのう」
 侍が、呟くと
「一番手合せなすったら?」
「立合せか、花かるたなら致そうが――」
「こいつは話せる、旦那」
 と、いっている間に、薄色の羽織、小粗い仙台|平《ひら》の袴の侍は、去ってしまった。
「ああいう侍ばっかりの中へ、何うでえ、町内の誉だぜ。又来た、来た」

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