、槍先の功名に等しいからのう」
「然し、町人共は、よく申さぬな」
 と、一人が、口を出した。
「平山行蔵を始めとして、あの門下一党は、世の中を、罵倒して、上役人の無為無能、下人民の奢侈、怠惰を口汚く申しておるが、江戸っ子はおもしろいものだ、そんなことは、蛙の面に水、大作を、役者に見立ててこの狂言大当りなどと、二枚画を出して、叱られた双紙屋さえあると申すのう」
「そうらしい」
 と、右源太は頷いた。そして
「武士の作法で討つなら仕方があるまい」
 といった。
「ところが――右源太」
 と一人が、声を低くして
「大作が、もう一人いると申すでは無いか」
「ええ?」
「見かけたという奴が、確《たしか》に、相馬大作で、然も、平山子龍の邸から出てくるのを見たというが、何うもおかしいの。討たれた奴が白昼出るのは?」
 右源太は、黙っていた。そして
(本当だ)
 と、思った。
(戻ってきているのかもしれぬ。然し、大手を振っては歩きはすまい。二度と、人に顔を見られるようなことはすまい。そんなことをしたなら、身の破滅だからな――俺は、何処までも、そいつは、他人の空似だと頑張っておればいい。もし、本物と判ったなら――その時は、その時だ)
「妙でないか」
 一人が、右源太の顔を見た。
「他人の空似ということがあるからの」
「それはそうだ」
「然し、その男は、確に、大作だと申しておったが――」
「証拠でもあるか?」
「ちらと見ただけだが――」
「はははは」
 右源太は、おっかぶせるように笑った。そして
「そんな話より、岡場所のことでも、話そうでは無いか、何んなら、今夜一つ奢ろうかの」
「結構、一つ、あやかりに――」
「又もや、御意の変らぬ内、拙者一足先へ参っておるとしようか」
 と、一人が片膝を立てた。

    二十一

 だあーん――それは、その近くに住む人が、生れて以来、聞いたことの無い音であった。その近くで、その音を立てたなら、死罪に処さるべき、鉄砲の音であった。
(鉄砲だ)
 と人々は、ぎょっとすると共に、窓を開けたり、跣足のまま走って出たり――往来の人々は、音のする方を眺めて――新らしい橋の橋外の柳の木の辺に、行列の人数の乱れているのを見ると共に――小僧は徳利を小脇にかかえて、溝沿いに、恐る恐る走ると、侍は刀を押えて、町人は顔色を変えて、走り出した。
 人の騒ぐ姿、罵る者、橋外へ
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