表者ともいうべき男であった。
幾世紀にわたってグレンジル城の城主は莫迦《ばか》の限りをつくした、今ではもう莫迦も種ぎれになったろうと思われても決して無理はないのであった。ところが事実は今の最後の伯爵は、まだ誰も手をつけたことのない珍趣向で、伝家のしきたりを完成させた、すなわち彼は姿をくらましたのだ。といっても彼が外国へでも行ったという意味ではない。どう考えても彼はまだ城内に生きているはずである。もし彼がどこかに居《い》るものとすれば、事実彼の名は教会名簿にも大冊の赤い華族名鑑にもまだ載っているのだ、だが誰にも彼れを太陽の下に見たと云うものがないのだ。もしも何人《なんぴと》か彼を見た者があるとすれば、それは馬丁《ばてい》とも次男ともつかない孤独の召使の男である。彼はひどい聾《つんぼ》なので、早合点《はやがてん》の人は彼を唖者《おし》だと思い込み、それより落付いた人も彼を薄鈍物《うすのろ》だといった。痩せてガラガラした、赤毛の働き男で、頸《くび》はいかにも頑固だが魚のような眼をもった彼はイズレールゴーという名で通っている。そしてこの物佗しい館《やかた》につかえる一個の無言の召使である。け
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