着いた情深い心になりながら「あの男には欠点もあるのです。いやお互に欠点のないものがどこにあろうかな。すなわち、あの男は畑の畝《せ》を真直《まっすぐ》に掘らん事じゃ。まあ諸君ここを見なさるがいい」
 彼はこういって突然ある一点を踏みつけてみせた。「時に私にはどうもあの馬鈴薯が怪しいと思われるのじゃ」
「ヘエなぜです」クレーヴン探偵は、小男《こおとこ》の坊さんが新趣向を提出したのを面白がりながら訊ねてみた。
「どうもあの馬鈴薯が怪しいと云うのは、第一作男のゴー自身を怪しいと想っているからじゃなあ、ゴーは外《ほか》の箇所はきっと掘るが、どうもここだけは変な掘りかたをしている。大方この下には大へん立派な馬鈴薯でも埋まっている事じゃろう」
 フランボーは鋤を引抜いて、いきなりザクリとその地点に突込んだ。彼は土塊《どかい》の下に馬鈴薯とは見えずしてむしろ醜怪な円屋根形《まるやねがた》の頭をもった、[#「、」は底本では「。」]蕈《きのこ》のような形をした変なものを掘り出した。がそれは冷たいコチリという音がして鋤の尖《さき》にぶつかって手毬のようにコロコロと転がりさま一同の方へ歯をむき出した。
「グレンジール伯爵様じゃ」とブラウンが悲しげに云った。そして悄然として髑髏《どくろ》を見下ろした。それからしばし彼は黙祷するものの如くであったが、やがてフランボーの手から鋤をとって「さあこうして元の通りに土をかけねばならん」と云いながら頭葢骨《ずがいこつ》を土に深く押やった。やがて彼は小さな身体と大きな頭を地中に棒のように立っている鋤の大きな把手《ハンドル》にもたれさせた。その眼はからっぽで額には幾条《いくすじ》も襞《ひだ》がただしくならんでおった。
「そうじゃ、もしこの最後の怪異の意味さえ合点が出来るものならなあ」
 彼はこう独語《ひとりごと》をつぶやきながら、鋤頭《すきがしら》によりかかったまま、教会で祈祷をする時のように両手に額を埋《うず》めた。
 空の雲々が銀碧色《ぎんぺきいろ》にかがやき出した。小鳥等は玩具《おもちゃ》のような庭の木々の中でペチャクチャとさえずり合った。その音があまりにやかましいので、まるで木自身が掛合噺《かけあいばなし》をやっているかのようであったが、三人の人物はじっと無言の態《てい》であった。
「やれやれ、もうこれで御放免が願いたいもんだ」とフランボーがたまらなくなってガンガン呶鳴《どな》った。
「この頭とこの世界とはどうもシックリ合わんもうさらばだ。やれ※[#「鼻+(嗅−口)」、第4水準2−94−73]《かぎ》煙草だの、やれ汚《けが》された祈祷だの、やれなんだのだって」
 ブラウンは額に八の字を寄せ、いつもに似合わぬ気短《きみじか》になって鋤の柄をバタバタとはたいた。
「とっととやれ」と彼が叫んだ「何もかも火を見るように明白なんだ。嗅煙草も歯車も何《な》にもかもなんだ。今朝眼をさますと同時に解ったんじゃ、そうしてわしは外へ出て来て作男のゴーとも話したんじゃ。どうして、あの男は阿呆で聾《つんぼ》に見せかけているが、なかなか聾や馬鹿どころではない。ところで諸君あの条項書はあのあの通りでキチンと筋が通っている。わしは破れた。
 弥撤《みさ》書についてもカン違いをしていたが、あれはあれで穏かなもんじゃ。しかしこの最後の件ですぞ。墓をあばいて人物の頭を盗みおろうというここに確かに穏かならんもんがあると見た。確かにここにばかりは魔法があるようだ。どうもこればかりは嗅煙草や蝋燭というたようなわけのない話とは筋が違うようじゃ」
 こういって彼はコツコツ歩きまわりながら不機嫌そうに煙草をすった。
「皆の衆」とフランボーがわざと勿体らしく云った。「諸君俺に注意するがよい、俺が昔は犯罪家だった事を忘れぬがよい。あの時分は実に面白かった。俺は自分でズンズン話の筋道を組立ててズンズン想いのままに実行したもんだ。その俺だ、こんなのらくらした探偵事件は仏蘭西《フランス》ッ児《こ》の俺に堪え得る事ではない。俺はオギャアといって、この世に生れて以来、善悪ともに片端《かたっぱし》から手ッ取り早くかたづけたものだ。決闘の約束をするにしても翌《あく》る朝は必ずチャンバラやったもんだ」
「勘定書はいつでも即金でガチャガチャと支払ったもんだ。歯医者へ行くんだって約束日を延ばしたりなんかはせん」
 と突然師父ブラウンのパイプが口からすり落ちて花崗岩《みかげいし》の廊下の上で三つに割れた。彼は阿呆の様に眼球をクルクル廻転させた。
「オー神よ、何として私は大根だったろう」
 こう叫びながら彼は泥酔漢《でいすいかん》が故なく笑う様にワハワハと笑い出した。
「歯医者歯医者」彼はフランボーの言葉を繰返した。「アアわしは六時間も精神的に奈落の底に沈みおった。これと云うのも皆今の
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