。諸国諸人の集まり場所、もしや夫の敵の手がかりでもあろうかと、母に与えられた短刀を箪笥《たんす》に秘めている内に、
「割符《わりふ》か、よし押してやろ」
 と、ぺたりと御念入りにも盗んだ、人の印形まで、大べらぼうの盗人は押してしまったのである。

      六

 この盗賊、誰あろう。奈良で鹿を殺して通仙の門口へおいた若党源八であるから、この名高い松葉屋瀬川の仇討も※[#「※」は「ごんべん」に「虚」、第4水準2−88−74、385−3]であるとしか思えなくなる。事実は小説より奇なりとあるから、本当にしておいてもいいが、第一章の如く、官文書にまで※[#「※」は「ごんべん」に「虚」、第4水準2−88−74、385−4]をかいた時世である。手紙の真《まこと》しやかな偽造位訳は無い。
 取調べると、源八の旧悪|悉《ことごと》く露見したから、
「年来の大科人《おおとがにん》の知れたのも、瀬川の手柄である。傾城奉公《けいせいぼうこう》を免じてつかわす」
 と沙汰が下るし、まだまだ都合のいい事には、
「源八所持の金子は、内藤家より当時届出がないによって、公儀へ召上げた上改めて瀬川に与える」
 と、
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