之進殺されてしまった。勿論藩の金もとられるし、大小も奪われた。前段の如く、この大小から手がかりになっているが、昔の盗人にしても可成り間抜けた奴である。一本しかない刀でもあるまいし奪った刀を、日本中で尤も役人の目の光っている吉原へ差料《さしりょう》にして行くなど、盗人心得を知らない事も甚《はなは》だしい。
たか親子、久之進が不意の死の為追放に処せられた。殿様が、たかを一目見たならこんな事にもならなかったであろうが仕方も無い。
「どうして二人はこう不幸だろう」
と嘆いていると、出入の商人の若松屋金七というのが、
「何御二人位」
と、見ていても一貫や二貫の値打はあると、美しい女の幸い、すぐ引取ってくれたから、何処かへ後妻にでもと思っていると、金七の住んでいた富沢町に火事があって、金七の家も類焼してしまった。女郎になるのもこの位手数をかけぬとなれないから、昔は律義であった。
今度は金七夫婦とたかの母子と四人で今戸の竹本君太夫という義太夫語りの家へ世話になる事になったが、これは金七の弟である。今でも君太夫などと云う名は、義太夫よりも安女郎にありそうな名であるが、この君太夫も貪乏である。そして根が芸人である。
「太夫になると素敵ですぜ、ねえおたかさん。おい嬶《かか》、どう思う」
「そう妾《わたし》も思っていたよ。惜しいもんだよ、こんな長屋に捨てておくのは」
「どうです、御母さん。私の口でなら松葉屋って、吉原で一二の大店へ話が纏《まと》まるが」
と、金七が居ないと云うし、母子にしてもここまで来ると、それより外に途がない。一夜泣きながら話をきめて、
「それでは一つ御頼み申します」
「しめた」
「ええ」
「いえ、こっちの事」
と云って一走り松葉屋へ。
「宵の中から君さん」
「今日は流しじゃ無《ね》えんで、これ居ますかい」
「居るよ、無心かい」
「へん、時々はこっちから儲けさして差上げる事もあるんだ。まあーっ、高尾か玉菊か、照手《てるて》の姫か弁天か」
「トテシャン」
「洒落ちゃいけねえ、大した代物で、家《うち》に居るんだ」
「ぷっ、手前の女房じゃ、金をつけても嫌だよ」
主人が逢って、とにかく玉を見よう。連れてくると、
「成程義太夫の御師匠の見つけた玉だけあってトテシャンだ」
と、二百五十年を経て、洒落になるのだから、作り話でもこういう風にしておかぬといけない。
十年で百二十両。今の値として三千円位のものらしいが今十年で三千円というのは大した妓《おんな》でない。尤《もっと》も娼妓なら中々いい代物であるから、松葉屋瀬川も娼妓並としておいていいか。それとも君太夫が五十両も刎《はね》たか。散茶の相場としてこんな物であったかも知れない。
松葉屋で代々瀬川という名になっている。そして丁度この前の瀬川が受出されて名のみ残っている折である。主人と女房とで、礼式、遊芸のたしなみを聞くと、
「一通りは」
と云う。君太夫が散々《さんざん》「武家出」と云っていたが、怪しいと思って、茶の手前をみると、通仙の娘である。貞柳の友人の子だから上手である。
「三味は」
と、弾かすと、義太夫の食客《いそうろう》、トテシャンと弾く。
「琴は」
「矢張り、トテシャンと弾きます」
「うむ、洒落まで出来る」
とすっかり気に入って、八畳と六畳の二間を与え、新造一人に禿《かむろ》をつけて、定紋付きの調度一揃え、
「初店瀬川」
と改良半紙二枚を飯粒でつないで、悪筆を振ったのを、欄間へ張る。――とにかく店を張る事になったが、瀬川の心の中では、
「池の水に夜な夜な月は映れども」
である。諸国諸人の集まり場所、もしや夫の敵の手がかりでもあろうかと、母に与えられた短刀を箪笥《たんす》に秘めている内に、
「割符《わりふ》か、よし押してやろ」
と、ぺたりと御念入りにも盗んだ、人の印形まで、大べらぼうの盗人は押してしまったのである。
六
この盗賊、誰あろう。奈良で鹿を殺して通仙の門口へおいた若党源八であるから、この名高い松葉屋瀬川の仇討も※[#「※」は「ごんべん」に「虚」、第4水準2−88−74、385−3]であるとしか思えなくなる。事実は小説より奇なりとあるから、本当にしておいてもいいが、第一章の如く、官文書にまで※[#「※」は「ごんべん」に「虚」、第4水準2−88−74、385−4]をかいた時世である。手紙の真《まこと》しやかな偽造位訳は無い。
取調べると、源八の旧悪|悉《ことごと》く露見したから、
「年来の大科人《おおとがにん》の知れたのも、瀬川の手柄である。傾城奉公《けいせいぼうこう》を免じてつかわす」
と沙汰が下るし、まだまだ都合のいい事には、
「源八所持の金子は、内藤家より当時届出がないによって、公儀へ召上げた上改めて瀬川に与える」
と、
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