ていた。二本の丈夫な棒でそれを高く支えて、上部の石の平板《ひらいた》の端にひき上げて、それから死骸の頭の後の棺の角々に差入られた。それで足と体の下の方はよく見られなかった。けれども蝋燭の光りは顔一っぱいに照らした、そして海牙色[#「海牙色」に傍点]の死人の色合に対照して黄金の十字架は動きそしてまた火のようにきらきらするように見えた。
牧師が呪いの物語りをして以来、スメール教授の大きな額は反省の深い皺がきざまれた。しかし敏感な女性の直感は彼の周囲の人々より以上彼の苦悩してる不動の意味を了解した。その蝋燭の光に照された洞穴の沈黙の中にダイアナ夫人は不意に叫び声をあげた。
「それにさわってはいけないと、いうのに!」
しかしその男は死体の上にかがんで、獅子の如き迅速な勢いで、もうすでにさわっていた。つぎの瞬間彼等は凡て、ちょうど空が落ちて来たかのようなおそろしい身振をもって、ある者は前に、ある者は後に、突進した。
教授が黄金の十字架に一指をふれた時に、石の蓋を支えるためにごくかすかに曲っていた、棒が飛び上ったので彼等は身振いをしてかたくなったように思われた。石の平板《へいばん》の縁が木の台からすべった、それから彼等の身も魂も、絶壁から振りおとされるような、奈落に落ちこむようないやな気持ちになった。スメールはす早く彼の手をひいた、がもう間にあわなかった。それから彼は頭からタラタラと血を流して、棺桶の側《そば》に人事不省にたおれた。そして古るい石の棺は何世紀もの間閉じていたように再び閉じられた。食人鬼にさかれた骨を暗示するような、割目につきささった一二の棒片《ぼうぎれ》を除いて、その大海獣は石の口をパックと噛んだ。
ダイアナ夫人は狂気の如き電光を持った眼でその破滅を眺めていた。彼の母の髪は青い薄明りの中の蒼白な顔に相対して真紅に見えた。スミスは彼の頭の辺りに犬らしい何物かを以て、彼女を眺めていた。しかしそれは彼がただわずかに了解する事が出来る彼の主人の災難を眺めるだけの表情であった。タアラントと外国人は彼等のいつもの冷淡な態度で面を硬《こわ》ばらしていた。牧師は弱ってるように思われた。師父ブラウンはたおれた人の傍にひざまずいて、その様子を吟味しようとしていた。
皆んなの驚きを外《よそ》に、ポール・ターラントは彼を助けようと前に進んで来た。
「外へ運んだ方がよろしいです
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