もなかった。
風呂敷、米俵の類を集めて、土俵、土嚢《どのう》を造った。隊士も、百姓も、土を掘って米俵へつめては、篝火《かがりび》の燃えている下へ、いくつも積上げた。力のある者は、石を転がしたり、抱上げたりして、土俵の間へ石を置いた。そして二尺高い堡塁が、半町余りの所に、点々として、木と木の間へ出来上った。
金千代と、竜作とは、炊事方になって、村の中から、女、子供に差図して、兵糧を運ばせた。沢庵《たくあん》と、握飯が、すぐ冷えて人々は、昨日までの、女と、酒とを思出した。
夜半から、又、雪がちらちらしかけた。人々は、茣蓆《むしろ》を頭からかぶったり、近くの家の中へ入ったり、篝火を取巻いたりして、初めて経験する戦争の前夜を、不安と、興奮とで明かした。
六
山裾の小川沿いに、正面の街道から、田の畝《あぜ》づたいに、敵が近づいてきた。だん袋を履《は》いて、陣笠をかむり、兵児帯《へこおび》に、刀を差して、肩から白い包を背負った兵であった。
四五丁の所で、右へ走ったり、左右に展開したりして、横列になった。そして小走りに進み乍ら、銃を構えた。隊長が、何かいうと、折敷いて、銃を肩へつけた。近藤が
「馬鹿なっ」
と、呟いて微笑した。そして、側の兵に
「撃ってみろ」
と云った、兵は、すぐ射撃した。近藤は、飛出す弾丸を見ようとしていたが、ばあーんと、音が、木魂《こだま》しただけで弾丸の飛ぶ筋が見えなかった。
(慣れたら、見えるだろう)
と、思った。
「もう一発」
「隊長殿、ここからだと、遠すぎますよ」
「黙って打て」
勇は、白いものが、眼を掠《かす》めたように感じた。
(あれが、弾丸の道だ。研究して見えぬ事は無い)
と思った。
前面の野、林、道に、一斉に白煙が、濛々《もうもう》と立ち込めた瞬間、銃声が、山へ素晴らしく反響して、轟《とどろ》き渡った。と、同時に、ぶすっという音がして、土俵へ弾丸が当ったらしかった。近藤は、振向いて、何処へ当ったか見ようとしたが、判らなかった。びゅーん、と耳を掠めた。
白煙が、一杯に、低く這ったり、流れたりして、兵も、土地も林も判らなくなった。その煙の下から、敵が、又前進しかけた。土方が、大声で
「撃てっ」
と叫んだ。
「大砲っ」
「大砲、何してるかっ」
兵が、怒鳴った。後方の大砲方は、身体をかがめて、大砲を覗いたり、
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