何をしようが、わしは、わし一人だ)
そう思って、馬をそろそろ歩かせかけると
「お待たせ申した」
と、甚左が、叫んだ。そして、
「齢をとると、寒さだけには、耐えきれん」
と、云った。
一行の一番先には、大阪の町人、又五郎の妹婿虎屋五左衛門が馬で、その次に、半兵衛が、槍持と、下人と、小姓と三人を従えてつづき、その後方に又五郎が、供三人、最後に、甚左衛門が、同じく供三人をつれて、槍を立て、飾鉄砲に、弓矢をもち、それぞれその知行の格式で――所謂《いわゆる》、槍一筋の家柄をみせて、上野の町小田町へかかってきた。
突当りが、高い石垣で、その上に、家があった。右へは、すぐ塔世坂の急な坂路が町へつづき、左は、細い小路を、城の裏手へ出る道であった。
そして、その三つ股道の左右に、鍵屋と、万《よろず》屋と、二軒の茶店が、角店として、旅人を送り迎えしていた(右角が、鍵屋であったという説もある。今そこには、新らしい数馬茶店というのが出来ている)。
八
半兵衛が万屋の角を、右へ曲ると同時に、左側の石垣の所の木の後ろに立っていた士が、走り出してきた。白い鉢巻をしめて、袴立《ももだ》ちをとっていた。半兵衛が
(さては)
と思った時、後方に、鋭い気合がかかって、同時に、うわーっと、乱れ立った人声が、湧起った。
「喜助っ」
と、半兵衛は、手を延して、槍持から、槍を取ろうとした。そして、槍持が
「はい」
と、答えて、槍を半兵衛の方へ、差出そうとした刹那
「うぬっ」
その駈出してきた男が、槍持へ、切りかかった。槍持が、その刀を避けたはずみに、槍の柄は、半兵衛の手から、遠去《とおざ》かった。
「喜助」
半兵衛が、こう叫びつつ、後方へ、横へ眼を配ると、右側の立木の間から、走ってきた士が、半兵衛へ刀を向けて、睨みながら、じりじり迫ったので、半兵衛は、槍に心を取られたまま、馬から飛降りて、刀を抜くと、槍持に
「槍を、早く」
と、叫びつつ、迫る士に、刀を構えた。そして
(荒木は、甚左と戦っているのであろう。甚左も、むざむざと討たれはすまい。然し、荒木を甚左に討たせたくは無い、わしが強いか、荒木が強いか、わしは、その勝負の為に、出てきたのだ)
半兵衛は、早く、この下人を斬って、荒木と勝負したいと思った。それで
「下郎、推参なっ」
と、叫ぶと、じりじり刻んで行った。刀をとって
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