「林さんは弥勒《みろく》のほうにお出になりましたッてな、まア結構でしたな……母《おっか》さん、さぞおよろこびでしたろうな」
 こんなことを言った。
 浦和にいる美穂子のうわさも出た。
「女がそんなことをしたッてしかたがないッて父親《ちち》は言いますけれどもな……当人がなかなか言うことを聞きませんでな……どうせ女のすることだから、ろくなことはできんのは知れてるですけど……」
「でもお変わりはないでしょう」
 清三がこうきくと、
「え、もう……お転婆《てんば》ばかりしているそうでな」と母親は笑った。
 すぐ言葉をついで、今度は郁治に、
「雪さんどうしてござるな」
「相変わらずぶらぶらしています」
「ちと、遊びにおつかわし。貞も退屈しておりますで……」
 それこれするうちに、北川は湯から帰って来た。背の高い頬骨《ほおぼね》の出た男で、手織りの綿衣《わたいれ》に絣《かすり》の羽織を着ていた。話のさなかにけたたましく声をたてて笑う癖《くせ》がある。石川や清三などとは違って、文学に対してはあまり興味をもっていない。学校にいたころは、有名な運動家でベースボールなどにかけては級《クラス》の中でかれ
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