しゃくり》も激しく出た。土用のあけた日で、秋風の立ったのがどことなく木の葉のそよぎに見える。座敷にさし入る日光から考えて、太陽も少しは南に回ったようだなどと清三は思った。そこに郁治《いくじ》がひょっくり高等師範の制帽をかぶった姿を見せた。この間うちから帰省していて、いずれ近いうちに新居を訪問したいなどという端書《はがき》をよこしたが、今日は加須《かぞ》まで用事があってやって来たから、ふと来る気になって訪ねたという。郁治は清三のやせ衰えた姿に少なからず驚かされた。それに顔色の悪いのがことに目立った。
 親しかった二人は、夕日の光線のさしこんだ二階の一間に相対してすわった。相変わらず親しげな調子であるが、言葉は容易に深く触《ふ》れようとはしなかった。時々話がとだえて黙っていることなどもあった。
「小畑はこの間日光に植物採集に出かけて行ったよ」
 こんなことを言って、郁治はとだえがちなる話をつづけた。
 清三は、「君、帰ったら、ファザーに一つ頼んでみてくれたまえな。どうもこう体《からだ》が弱っては、一里半の通勤はずいぶんつらいから、この町か、近在かにどこか転任の口はないだろうかッて……。弥勒《みろく》ももうずいぶん古参《こさん》だから、居心地は悪くはないけれど、いかにしても遠いからね、君」
 こう言って転任運動を頼んだ。
 夕餐《ゆうめし》には昨夜猫に取られた泥鰌《どじょう》の残りを清三が自分でさいてご馳走した。母親が寝ているので、父親が水を汲んだり米をたいたり漬《つ》け物を出したりした。
 郁治は見かねてよほど帰ろうとしたが、あっちこっちを歩いて疲れているので、一夜泊めてもらって行くことにした。
「郁《いく》さんがせっかくおいでくだすったのに、あいにく私がこんなふうで、何もご馳走もできなくって、ほんとうに申しわけがない」
 しげしげと母親は郁治の顔を見て、
「郁さんのように、家《うち》のも丈夫だといいのだけれど……どうも弱くってしかたがないんですよ。……それに郁さんなぞは。学校を卒業さえすれば、どんなにもりっぱになれるんだから、母さんももう安心なものだけれど……」
 しみじみとした調子で言った。
 美穂子の話が出たのは、二人が蚊帳《かや》の中にはいって寝てからであった。学校を出るまではお互いに結婚はしないが、親と親との口約束はもうすんだということを郁治は話した。
「それ
前へ 次へ
全175ページ中160ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング