日記に「荻生君はわが情《じょう》の友なり、利害、道義もってこの間を犯《おか》し破るべからず」と書いた。また「かつてこの友を平凡に見しは、わが眼の発達せざりしためのみ。荻生君に比すれば、われははなはだ世間を知らず、人情を解せず、小畑加藤をこの友に比す、今にして初めて平凡の偉大なるを知る」と書いた。
前の足袋屋《たびや》から天ぷら、大家《おおや》から川魚の塩焼きを引っ越しの祝いとして重箱に入れてもらった。いずれも「あいそ」という鱗《うろこ》のあらい腹の側の紅《あか》い色をした魚で、今が利根川でとれる節《せつ》だという。米屋、炭屋、薪屋《まきや》なども通いを持って来た。父親は隣近所の組合を一軒一軒回って歩いた。清三は午後から二階の六畳に腹《はら》ばいになって、東京や行田や熊谷の友人たちに転居の端書《はがき》を書いた。寺にも出かけて行ったが、ちょうど葬式で、和尚《おしょう》さんは忙しがっていたので、転居のことを知らせておいて帰って来た。
大家の主人《あるじ》はおもしろい話好きの人であった。店は息子《むすこ》に譲《ゆず》って、自分は家作《かさく》を五軒ほど持って、老妻と二人で暮らしているというのんきな身分、釣《つり》と植木が大好きで、朝早く大きな麦稈帽子《むぎわらぼうし》をかぶって、※[#「竹かんむり/令」、第3水準1−89−59]※[#「竹かんむり/省」、第4水準2−83−57]《びく》を下げて、釣竿《つりざお》を持って、霧の深い間から木槿《もくげ》の赤く白く見える垣《かき》の間の道を、てくてくと出かけて行く。そして日の暮れるころには、※[#「竹かんむり/令」、第3水準1−89−59]※[#「竹かんむり/省」、第4水準2−83−57]《びく》の中に金色《こんじき》をした鮒《ふな》や鯉《こい》をゴチャゴチャ入れて帰って来る。店子《たなこ》はおりおり擂《す》り鉢《ばち》にみごとな鮒を入れてもらうことなどもある。釣に行かぬ時は、たいてい腰を曲げて盆栽《ぼんさい》や草花などを丹念にいじくっている。そうかといってべつにたいしたものがあるのでもない。楓《かえで》に、欅《けやき》に、檜《ひのき》に、蘇鉄《そてつ》ぐらいなものだが、それを内に入れたり出したりして、楽しみそうに眺めている。花壇にはいろいろ西洋種もまいて、天竺牡丹《てんじくぼたん》や遊蝶草《ゆうちょうそう》などが咲いている
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