や蛇の目傘が通るばかり、庇《ひさし》の長く出た広い通りは森閑《しんかん》としている。郵便局の前には為替《かわせ》を受け取りに来た若い女が立っているし、呉服屋の店には番頭と小僧とがかたまって話をしているし、足袋《たび》屋の店には青縞と雲斎織《うんさいお》りとが積《つ》み重ねられたなかで、職人がせっせと足袋《たび》を縫っていた。新式に硝子《がらす》戸の店を造った唐物屋《とうぶつや》の前には、自転車が一個、なかばは軒の雨滴《あまだ》れにぬれながら置かれてある。
町の四辻には半鐘台《はんしょうだい》が高く立った。
そこから行田道《ぎょうだみち》はわかれている。煙草屋《たばこや》、うどん屋、医師《いしゃ》の大きな玄関、塀《へい》の上にそびえている形のおもしろい松、吹井《ふきい》が清い水をふいている豪家の前を向こうに出ると、草の生《は》えた溝《みぞ》があって、白いペンキのはげた門に、羽生分署という札がかかっている。巡査が一人、剣をじゃらつかせて、雨の降りしきる中を出て来た。
それからまた裏町の人家が続いた。多くはこけら葺《ぶき》の古い貧しい家|並《な》みである。馬車屋の前に、乗合馬車が一台あって、もう出るとみえて、客が二三人乗り込んでいた。清三は立ちどまって聞いたが、あいにくいっぱいで乗せてもらう余地がなかった。
清三の姿はなおしばらくその裏町の古い家並みの間に見えていたが、ふと、とある小さな家の大和障子《やまとしょうじ》をあけてはいって行った。中には中年のかみさんがいた。
「下駄を一つ貸していただきたいんですが……、弥勒《みろく》から雨に降られてへいこうしてしまいました」
「お安いご用ですとも」
かみさんは足駄《あしだ》を出してくれた。
足駄《あしだ》の歯はすれて曲がって、歩きにくいこと一通りでなかった。駒下駄《こまげた》よりはいいが、ハネ[#「ハネ」に傍点]はやっぱり少しずつあがった。
かれはついに新郷《しんごう》から十五銭で車に乗った。
五
家は行田町《ぎょうだまち》の大通りから、昔の城址《しろあと》のほうに行く横町にあった。角《かど》に柳の湯という湯屋があって、それと対して、きれいな女中のいる料理屋の入り口が見える。棟割《むねわり》長屋を一軒仕切ったというような軒の低い家で、風雨にさらされて黒くなった大和障子《やまとしょうじ》に糸のよう
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