るように赤く咲いているのが誰の眼にもついた。木には黄楊《つげ》、椎《しい》、檜《ひのき》、花には石竹、朝顔、遊蝶花《ゆうちょうか》、萩《はぎ》、女郎花《おみなえし》などがあった。寺の林には蝉が鳴いた。
「湯屋で、一日遊ぶようなところができたって言うじゃありませんか、林さん、行ってみましたか」校門を出る時、校長はこう言った。
「そうですねえ、広告があっちこっちに張ってありましたねえ、何か浪花節《なにわぶし》があるって言うじゃありませんか」
 大島さんも言った。
 上町《かみまち》の鶴の湯にそういう催《もよお》しがあるのを清三も聞いて知っていた。夏の間、二階を明けっ放して、一日湯にはいったり昼寝でもしたりして遊んで行かれるようにしてある。氷も菓子も麦酒《びいる》も饂飩《うどん》も売る。ちょっとした昼飯ぐらいは食わせる準備《したく》もできている。浪花節も昼一度夜一度あるという。この二三日|梅雨《つゆ》があがって暑くなったので非常に客があると聞いた。主僧は昨日出かけて半日遊んで来て、
「どうせ、田舎のことだから、ろくなことはできはしないけれど、ちょっと遊びに行くにはいい。貞公《ていこう》、うまい金儲《かねもう》けを考えたもんだ」と前の地主に話していた。
「どうです、林さんに一つ案内してもらおうじゃありませんか。ちょうど昼時分で、腹も空《す》いている……」
 校長はこう言って同僚を誘った。みんな賛成した。
 上町《かみまち》の鶴の湯はにぎやかであった。赤いメリンスの帯をしめた田舎娘が出たりはいったりした。あっちこっちから贈《おく》ったビラ[#「ビラ」に傍点]がいっぱいに下げてあって、貞《てい》さんへという大きな字がそこにもここにも見えた。氷見世《こおりみせ》には客が七八人もいて、この家のかみさんが襷《たすき》をかけて、汗をだらだら流して、せっせと氷をかいている。
 先生たちは二階に通った。幸いにして客はまだ多くなかった。近在の婆さんづれが一組、温泉にでも来たつもりで、ゆもじ一つになって、別の室《へや》にごろごろしていた。八畳の広間には、まんなかに浪花節を語る高座《こうざ》ができていて、そこにも紙や布《ぬの》のビラ[#「ビラ」に傍点]がヒラヒラなびいた。室は風通しがよかった。奥の四畳半の畳は汚ないが、青田が見通しになっているので、四人はそこに陣取った。
 一風呂はいって、汗を流
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