棕櫚箒のやうにした山の上《かみ》さんが、「そんなことを言つたつて、中々掘るが難儀だでな……」などと言つて、白い衣を着た莞爾《にこ/\》した老僧と相對してゐるさまは到る處で見懸けた。
たら[#「たら」に傍点]の芽はさうした食物の中で殊に美味であるが、それも山深く入ればかなりにある。山蕗は夏の盛りに行つても、もつと遲く秋になつてからでも、柔かな旨いヤツ[#「ヤツ」に傍点]が食はれる。それと言ふのも、六月に石楠花《しやくなげ》が咲き、七月に躑躅《つつじ》が咲くといふやうな深い山の中から採つて來るからである。漆の芽なども旨い。
蕨は十二三年前までは寂光へ行く路、霧降へ行く路、裏見へ行く路などでも澤山に採れたが、ぢき手に持てなくなる位採れたが、今は開けて、もうさう手近なところにはなくなつた。その時分になると、矢張寺坊にゐる山に精しい婆さんなどが採りに行つてそして賣りに來た。太い見事な、淺い山などでは見ることの出來ないやうな蕨である。さういふ婆さんは、大抵寂光から裏見へ行く山の中、裏見から慈觀瀑《じくわんのたき》の上一里ほどの處へ出かけて行つてそして採つて來るのであつた。霧降瀑《きりふりのたき》の奧の方でも採れた。
鳥はつぐみ[#「つぐみ」に傍点]が早くから食へた。鳥小屋が山の處々にかけてあつて、そこに町の人達はよく一日遊びに出かけたりした。運が好いと隨分澤山に獲れるといふことであつた。その他、鳥の種類はかなりに多い。雉子、山鳥なども町の料理屋の膳にいつも上つた。
茸類では、松茸は早松茸《さまつだけ》だけである。初茸も山にはない。町に賣りに來るのは、皆もつと下の端山や野山で採れるのを持つて來るのである。千茸《ちたけ》は七月頃に旨い。八月すぎると、まひ茸[#「まひ茸」に傍点]なども出る。栗もだし[#「栗もだし」に傍点]、楢もだし[#「楢もだし」に傍点]なども澤山に採れる。椎茸も出る。
鮎はない。此處で食ふ鮎は、皆|阿久津《あくつ》附近の鬼怒川から持つて來るのである。その代り、岩魚《いはな》がゐる。かじかがゐる。赤腹《あかつぱら》がある。中禪寺湖では大きな驚くやうな鰻が獲れた。鱒は自然生ではないが、秋はかなりに旨い。
山に住んでゐる獸は、日光の町ではさう多く口にすることは出來ないが、裏山から鬼怒川の谷の方へ行くと、あらゆるものがゐる。熊もゐれば山猪《しゝ》もゐる。夏でも
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