……。』
『そんなことを申してをりますねえ! 世間の人は?』
 呉葉はこんなことを言つて笑つた。此頃でも殿と窕子との間はまださう打解けたやうには見えなかつたけれども、それでもさうしたいろいろな事件から離れたその二つの心が再び近寄つて行くやうになることを呉葉は願はずにはゐられなかつた。かの女はつとめて窕子を慰めるやうにした。

         二一

 呉葉の國のもので、幼い頃から此處に來て仕へてゐた藤といふのが、今度縁談がきまつて、里から母が迎へに來たので、そのまゝ暇を取つて歸つて行くことになつた。
 呉葉は何年にも故郷に歸つたことはなかつたが、むしろ一生その身は此處につとめるつもりでゐたが、母に迎へられて國に歸つて行く藤を見ると、流石にそれを羨まずにはゐられないやうな氣がした。かの女の眼の前には何年にも目にしたことのない川に添つた、雲の白く靡いてゐる故郷の藁屋のさまがはつきりとあらはれて見えた。
 そこでは今時分はもはや麥は刈られて、暑い日影が山ぞひ路の卯の花の白い叢を照してゐるだらう。藁家の屋根のぐしの上には葉の大きい蛇よけの草などが一杯に茂つてゐるだらう。だらだらとそこから川へ
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