つた。
『御樣子はよく存じませぬけれど、殿がすぐお出を願ふやうにとおん申附けでござりまするゆゑ………』
走つて來たと見えて、息をきらしながら言つた。
取るものも取り敢へず、呉葉と倶に窕子は急いで出かけた。
裏の階段から慌たゞしく入つて行くと、そこに兄の長能が事ありげに出て來て、あぶなく兩方で突き當らうとした。
『何うかしたのですか?』
『…………』
兄の長能はそれには答ヘずに、急いで行けといふ手まねをして、そのまゝ用ありげに向うへと走つて行つた。
さつき此處から出て行つた時には、まださうした慌たゞしさはなかつたのであるが、そこの一室に入ると、家の中の人といふ人は皆なそこに集つて、その向うには眞面目な顏をして手を拱いて坐つてゐる父の姿が見え、その此方にかをるが覗くやうにして何かしてゐるのがそれと眼に入つた。窕子の胸は大きな氷塊にでも塞がされたやうに一種何とも言はれない冷めたさと嚴そかさとに撲たれた。窕子は顛倒しさうな頭を抱いて、滑り込むやうにして纔かにその傍に行つた。
窕子は天にも地にも替へ難いたゞひとり力と頼んだ母親が、その衰へ果た顏を仰向け加減にしてじつとしてゐるのを眼に
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