のに、それさへ再び夏草のやうに亂れ勝になつた。かの女には母親なしの自分の生活を考へて見ることは出來ないやうな心持に滿たされた。苦しいことがあると言つては、腹立たしいことがあると言つては、わからないことがあると言つては、すぐ母親のもとにかけつけたものであるのに――母親はそれを自分のことのやうにして心配もすれば慰めもして呉れたものであるのに――母親があればこそ今まで死にもせずに生きて來ることが出來たと思はれてゐるのに――あのやさしいにこにこした顏があるために何も彼も慰められて來たのに――もしものことがあつたりしたら? 窕子はそこまで行くと深い憂欝に閉ぢられずにはゐられなかつた。かの女はじつと妻戸のところに立つて竹むらに夕日の影の消えて行くのをたまらなくさびしい心持で見詰めた。
 時にはひとりでに涙が流れて來た。孤獨の涙が。今度は治ることがあつてもいつか一度はわかれて行かなければならない涙が。豫想したことのないひとつの事件がその眼の前に起りつゝあるといふことが。その暁にはその身は何うなるであらうと思はれるやうなことが。それにしてもかの女は一度だつてそのやうなことを想像したことがあるだらうか。母親がゐなくなるなどといふことを考へただらうか。あのやさし莞爾した顏が、この世になくなるなどといふことを思つて見たことすらあつたらうか。窕子は涙ばかりではなく――それ以上にじつと空間の一ところを見詰めるやうな心持になつた。
 何うかして一度は治つて呉れるやうにと祈つた効もなく、次第に母親の病氣のわるくなつて行くのを窕子は何うすることも出來なかつた。此頃では夥しく脇腹が痛んで、その内部に出來てるる腫物が外部から觸つて見てもそれとわかるくらゐになつて行つてゐるのを見た。醫者の罨法も役に立たず、修驗者のやつてゐる祈祷も後には徒らに病人を焦立たせるのみとなつた。窕子は毎日のやうに出かけて行つたが、その間は十町ぐらゐあつて、それは半ばは小野宮の邸の築地に傍ひ半ばは草むらになつてゐるところについて曲つて行つた。かの女は常に深い憂愁に滿たされながら、時には歩き、また時には網代車に乘つて出かけて行つた。草むらには暑い日影に晝顏が咲いてゐたり、阜斯が人の足音につれて草の中に飛んで行つたりした。蟋蟀なども頻りに啼いた。小野宮の築地の壞れの中からは四の君らしい琴の音が頻りにきこえた。
 何うかするといんち打
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